恋人ミキが所持する「MASK CLUB」と書かれた奇妙なカードに興味を抱いた「わたし」は、彼女が通うマンションに忍び込み、何者かに背中を刺され殺される。自分を殺した犯人を探るべく、ときにヤモリの臓器を透かして、あるいは微小な羽虫の背中の上から、密室の中で仮面をつけSMに興じる7人の女たちを死者となって見つめ続ける「わたし」。眼球から脳の神経細胞をたどり、他者の記憶を探るなど、想像力と生物学の知識とを縦横に駆使した死者の描写は、頭がくらくらするほど刺激的だ。倒錯した世界へと引きずり込まれた読み手は、女たちのトラウマが告白される後半部分をよりリアルに感じ取ることができるに違いない。
SMをモチーフとした村上の作品は、『エクスタシー』『メランコリア』『タナトス』の3部作や、『トパーズ』と『ラブ&ポップ』など、複数の作品を手にとることで初めて理解を深めることのできるケースが少なくない。また、村上は2000年に行われた柄谷行人との対話で、もはやマイノリティー(少数派)とはいえないSMという行為を「克明に記録してもしようがない」とも語っている。そのうえで書かれた本書は、村上文学の新たな展開を予感させている。(中島正敏)