ゲルギエフの魅力とは何か？ ずばり、「野性」だろう。ゲルギエフの指揮を1度でも見たことある人は、両方の手首から先がぶるぶると震えるあの奇怪な動きにあ然としたのではないだろうか。もちろんそれは、拍子やリズムなど刻んではいないし、音楽の起伏とイコールでもないようだ。スタイリッシュとはほど遠い、きわめて不恰好な、戦慄におののくような何かである。
   確かにゲルギエフの音楽は洗練とはほど遠い。しかし、従来現代の音楽が純化を目指そうとするあまり、知らず知らずのうちに切り捨てようとしてきた、音楽が本来もっている霊性、獣性、そういったいわば雑味成分をたっぷりと含んでいるのではないだろうか。
   今回の録音は、音楽が元来もっていた、そういう霊的なオーラが最も顕著に感じられるという意味で画期的なものである。「春の祭典」といい、「法悦の詩」といい、これまでのどの演奏よりも、ザラリ、ドロリとしたリアルな触感をたたえ、音楽は神秘の衣をまとっている。
   音楽とは、いま鳴っている音響そのものだけではなく、その周辺、その向こうにある神秘的な何かに触れうる体験なのだということに気がついたとき、わたしたちはゲルギエフのこのCDをきっかけに、より成熟した聴き手として成長しうるかもしれない。（林田直樹）