そして妻リンダを亡くした今、ポールは50年代のヒット・ナンバー、B面用トラック、知名度の低い曲をごちゃ混ぜにした本作に回帰(Get Back)する。ポール自身が書き下ろした3曲も収録されているが、いずれも驚くべき完成度で、他のトラックに違和感なく溶け込んでいる。バック・バンドにはイギリスの百戦錬磨のベテラン勢が集結。ギターにピンク・フロイドのデイヴ・ギルモアとジョニー・キッド&パイレーツのミック・グリーン、ドラムスにディープ・パープルのイアン・ペイスという顔ぶれだ。彼らの勢いのある演奏から、音楽に対する入れ込みようが伝わってくる。
ポールはおなじみの曲(ジーン・ヴィンセントの「Blue Jean Bop」、エルヴィス・プレスリーの「All Shook Up」)にも、おなじみでない曲(ヴァイパーズのスキッフル・ヒット「No Other Baby」、カール・パーキンスの「Movie Magg」)にも同じ情熱を持って取り組んでいるが、隷属(れいぞく)的な姿勢に陥ってはいない。このことは、チャック・ベリーの「Brown Eyed Handsome Man」をスタイリッシュなザイデコ調に改変していることで明らかだろう。
ポールのオリジナルとなる「Try Not to Cry」と「What It Is」、そしてリッキー・ネルソンの「Lonesome Town」は、ポールの経験した愛と喪失とにかなりストレートに結び付く内容なのだが、悲しみを見せまいとするかのような自信たっぷりのアップビートに彩られている。つまるところ本作は、音楽の楽しさを再発見すると同時に、つらい思いを振り払うためのアルバムなのだ。ポールのヴォーカルはどこを聴いても脂が乗り切っている。(Jerry McCulley, Amazon.co.uk)