ドーラ・チャンス、ノーラ・チャンスはロンドンに住む、双子の姉妹。父はイギリスきっての著名な舞台俳優、メルキオール・ハザード。若かかりしころ、安宿のメイドとの間に生まれたドーラとノーラをわが子とはけっして認めず、自分の双子の弟ペリグリンに父親役を押しつける超身勝手な男だ。ハザード家といえば、シェイクスピア劇を世界巡業してまわる芸能一家だが、なぜか双子ばかりが生まれ、恋愛関係も親子関係も節操なく入り乱れて複雑な愛憎関係が張り巡らされている。
ドーラとノーラは、貧しさも笑い飛ばす明るい性格だが、ただひとつ生涯をかけ夢見てきたのは、父メルキオールと実の親子と認めあい、互いに抱きしめあうという、ささやかな願いだった。
著者アンジェラ・カーターは、「マジック・リアリズム」の旗手といわれ、文学的でありながら、エンターテイメント性の高い作品に定評がある。本書でも、次々登場する愛すべき困った人たちやとんでもないできごとに思わず引き込まれ、一気に読みきってしまうだろう。
本書は、ただひたすらに父親の愛を求めるという、感動的な親子愛の物語であると同時に、ショービジネスに生きる人々の浮き沈みの激しい生き様を描いた物語でもある。主人公ドーラが胸ときめかせ回顧するのは、ときのファッションや音楽に彩られた、舞台や映画やスターたち。まるで20世紀のエンターテイメントの流れを一気にひも解いていくようだ。
親もなく、お金もなく、貧しい双子が明るく生きてこられたのも、好きで始めたダンスと歌だった。そしてその芸が実際に2人の身を助けてきた。心を踊らせる何かをつかむこと、それもまた生きていくための術なのだ。(七戸綾子)