ステレオタイプの権化
★☆☆☆☆
"スローライフ"(この言葉は出てこないが)は素晴らしく、
大量生産や人工的な化合物は人間性を破壊するそうだ。
丁寧に造られたものの良さは知っているつもりだし、
本書に出てくる飯尾醸造のお酢も愛用している。
しかし、大量生産や保存料が食料の安定供給を支えているのは事実だし、
適切な量であれば農薬や化学調味料が人体に大きな影響を及ぼさないというのは
世界一の長寿を誇る日本のお年寄りたちが証明してくれている。
また、安全な材料で作られた(おそらく高い)焼き鳥をテイクアウトする主婦を褒め、
スーパーで安い肉を買う主婦を見下すような一節もある。
丁寧に生きるということに対する定義が浅すぎるのではないだろうか。
とはいえ、このようなステレオタイプぶりは過去の宮本作品にもよく見られ、
毎回「で、この嫌な時代を作ったのはどなたの世代でしたっけ?」とツッコミたくなる。
それでも、読み始めればやめられない物語の引力はすごかった。
しかし、今回はそれさえもかなり弱まってしまっている。非常に残念。
蛇足。
32歳の主人公が好意を寄せている女性とキスを交わすものの、
後日これ以上踏み込まずにきっぱり諦めようと決意するくだりがあるのだが、
「先日は暗かったのでつい顔が近づきすぎてごめんなさい」というようなことを言う。
同年代として、あまりにも違和感がある、気持ちの悪いシーンであった。
作者の年齢的に、32歳を描くのは無理があったと思う。
しっかりした展開で一気に読ませるが、ラストが…
★★★★☆
新聞連載小説を上下2巻にまとめたもの。
主人公の船木聖司は、豪華限定本の編集・製作を手掛ける30代の独身男。日本の伝統的発酵食品を集めた豪華限定本の製作を依頼され、知己のカメラマン桐原と日本全国を取材で飛び回る。そんな中、祖母、母の生い立ちをめぐる人間関係、父の死にまつわる出来事などが複雑に絡み合った人間模様としがらみが浮かび上がってくる。発酵食品の中の目に見えない発酵菌の複雑な働きを、人間の生と死の営みに見立てた小説か。
しっかりした展開で一気に読ませたが、ラストの結末はいかがなものか。終わり方がわからなくなっちゃった、という感じ。★4つ。
発酵食品と人間関係の不思議
★★★★★
発酵食品をまとめた限定本の制作を依頼された主人公が日本各地で味噌や醤油などを取材し、それに触発されて自らも糠漬けを作り始める。普段何気なく使っている発酵食品が実に神秘的にできていることに驚く。読んでいても主人公と一緒に発酵食品のすごさに引き込まれていく。読み終えると、自分でも糠漬けを作りたくなって・・・糠漬けの参考書としても面白いし、役にたちそうだ。
そして、この取材と同時に主人公の周りの人間関係、父の不慮の死にまつわる人間関係や祖母の抱えていた家族との複雑な関係などが解き明かされていく。そのストーリー展開の面白さもこの本の魅力となっている。発酵食品にまつわる複雑な要素と人間関係にまつわる複雑な要素がまさに「にぎやか」に繰り広げられていく。
新刊が出ると必ず読む
★★★★★
宮本輝は新刊が出ると必ず読む作家の一人です。
「青が散る」「錦繍」「優駿」の頃のような、強烈な吸引力はここ10年の作品にはない。けれど最近の作品のゆっくりとした時間の流れに身をゆだねるという経験は、それはそれで心地好く、主人公の名前と職業と場所を変えただけだなあと思いながらも、分かっているものを確かめるように一作一作読んできました。
しかし、この作品は、この十年余りのゆっくりした時間の流れを感じるタイプの中で、ある到達点に達したのではないかと感じます。
発酵食品についてかなりのページを割き、詳細に書き込んでいますが、それが人の心や絆について重ね合わせずにはいられません。
ゆっくり時間をかけて壌成されたものこそが本物。
本物に出会いたいものです。物も人も。
発酵食品に付いて学べます
★★★☆☆
この本の中の、
『勇気は自然に湧いて出てくる物ではない。自分の中から力ずくで えいやっ! と引きずり出す以外にはない。
臆病風なんて放って置いても、勝手に心の中をしょっちゅう吹き渡ってる。
必死になって引きずり出した勇気には世の中の色んな事を大きく思いやる心と、
その人の中に眠っていた思いも寄らんすごい知恵が自然についてくる物だ…』
と言う文章が印象に残りました。
勇気と言うのはタレントでも、ギフトでも、生まれつきそこに有る物でもなくて…
この本の中では発酵食品に付いて触れている部分が多く、勉強になった。
母の糠漬けがすごく食べたくなった。
かつをぶしも、花かつおと、本枯れの違いすら分かっていませんでした。
醤油もどんな物が本物なのかも…
墨と一緒で、カーンと乾いて響く音のする鰹節。しばらく出会ってないです。日本でもね。。。
糠漬け、醤油、味噌とかの発酵食品。
材料を入れて、かき回したり、温度調整をしたり…
でも、多くは菌を自分で入れる事も無いのに、どこからかやって来て美味しい物に変えてくれる奴がいる。
そして、多くは栄養素すら高めて行ってくれる…
改めてすごいものだと思う。
小説を読んだと言うより、発酵食品の専門書でも読んだような…
でも楽しかった(^^*)