デイビッド・ブルックスによると、彼らは意外なことに、アメリカの現状と将来を映し出すメインストリームの文化と、1960年代の反体制的な文化を持ち合わせているというのだ。「ボボスは私たちの世代を定義づけている。彼らは新しい存在であり、彼らが持つ混在する文化は私たちがまさに呼吸をしている世界の空気なのだ。彼らのステータスが今、社会生活を支配している」。ボボスはなんともおもしろい観念を持つだけでなく、「頭脳を持つエリート」であり、家系や家柄に頼らず実力を有する。「親の七光りに頼り格好をつけているだけのやつらは、すり切れた靴をはいていても賢く、野心的で、きちんと教育を受けた反体制的な彼らに取って代られてきているのだ」
『Bobos in Paradise』は、「情報化世代の文化」を明瞭かつ快活に、しかもおもしろおかしく追求している。特に購買力といった意味で大きな影響力を持つボボスは、政治ではなく文化を通じて社会に変革をもたらした。ブルックスは、このハイソな人々の様子を、彼らの生き方、たとえば、消費行動、仕事やライフスタイルの選び方、娯楽、精神面、政治や教育にいたるまでのあらゆる面から分析することによって明らかにしている。著者は「コミック・ソシオロジー」と呼ばれる方法を用いて、統計や柔軟性のない理論ではなく、鋭い観察力や、理性や知性に基づいた論旨を明らかにしている。独自のボボス論を繰り広げるなかで、お得意のユーモアで嫌みを言うというよりは、啓発的な意味深さを追及しているように見える。
著者は、目の肥えたボボスを相手に商売をする食料品店の例を挙げている。「フレッシュ・フィールドに行くと『本日のオーガニック商品:130品目』という大きな看板を目にする。これは美徳のバロメータのようなものだ。もし60品目しかない日に来たとしたら、だまされた気分になるだろう。逆に、数字が3ケタならば、道徳的にも自信たっぷりに通路を歩けるといったものだ」
自尊心の高いあらゆるボボスのように、ブルックスは学識を軽快に、しかも快適に操っているようだ(たとえば、エベレスト登山のために動きやすさや保温性を追及した3層構造のゴアテックスのジャケットを、スポーツジムで着ているといったたぐいかもしれない)。しかし著者がユーモアのある人物だからといって、本書がふまじめな本というわけではない。むしろ、ここ最近では最も洞察力のある社会評論を行っている本といえる。鋭いアイデア、明瞭な文章。そしてそのなかで著者は、多くのボボスが政治的影響力のある仕事につくことを提案すらしている。
彼らを生み出したヒッピーやヤッピーとは異なり、ボボスは定着すると著者は主張する。「少なくとも、豊かになったという意味で、文化闘争の時代はすでに終わっている。何世紀にもわたった対立は、雪解けを迎えたのだ」。いよいよ彼らから目が離せない。(Shawn Carkonen, Amazon.com)