中級者向け、バッハの編曲集
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バッハの作品をピアノ用に編曲する試みは古くから行われているが、現在広く演奏されているものは、ほぼ19世紀末から20世紀にかけて編曲されたものである。特に有名なのはフェルッチョ・ブゾーニの「シャコンヌ」や「トッカータとフーガ」、あるいは「オルガン前奏曲集」であり、これらは度々コンサートなどで取り上げられる。
ドイツ・ピアニズムの巨匠であったヴィルヘルム・ケンプも編曲作品を残しているが、知名度ではブゾーニのものに劣る。ブゾーニが編曲にピアノの超絶技巧の限りを尽くしのに対してケンプはむしろ原曲に忠実に編曲したし、また大曲ではなく小品を好んだというのも、地味に感じられて注目されにくくなる原因なのだろう。いくつかの作品は高橋悠治やタチアナ・ニコラーエワの録音があるが、まとめてレコーディングされたり、コンサートで取り上げられたりすることは無い。
だがこの本に収められた曲(ケンプの編曲作品の全て)を見てみると、「シチリアーノ」や「目覚めよ、と呼ぶ声あり」などよく聞く曲にも編曲があり、実際に弾いたり聴いたりしてみると、小品とは言っても非常に大きな魅力を持っている。しかもブゾーニの編曲と違い、比較的簡単に(中級程度で)弾くことができるのも利点だ。ちなみに「主よ、人の望みの喜びよ」の編曲も収録されているが、これにはマイラ・ヘスの有名な編曲がある。
収録曲の中から1曲推薦するなら、オルガンコラールの「あなたの道をお選びなさい(わが心からの望み)」が良い。宗教曲なので遠ざけられることが多いが、曲自体も美しく、また重厚なオルガンの響きをピアノで上手く生かせるような編曲がなされている。