この本におさめられた作品はつぎの12篇です
★★★★★
薬菜飯店
法子と雲界
エロチック街道
箪笥
タマゴアゲハのいる里
九死虫
秒読み
北極王
あのふたり様子が変
東京幻視
家
ヨッパ谷への降下
表題作を読んでみて
★★★★★
なぜ筒井康隆が「川端康成文学賞」なのか。
答えはこの表題作に込められていると思う。
家々の隅に二層、三層もの巣を張るヨッパ蜘蛛。たいていの家屋にこの蜘蛛が棲んでいるという不思議な村。素封家の息子が、「ご飯の中に社会が見えます」という世にも不思議な女を嫁を迎えたことから話は始まる。
……いわゆるオチはない。ヨッパ谷に夫婦が落ちること以外、これといった展開もない。しかし無駄のない引き締まった文章で語られる短い物語に、夢幻の境地に誘い込まれる。
筒井康隆によると、この短編は、「夜明けに見た夢をそのまま書いた」のだそうです。
スーパーエディター、安原顕は、筒井氏を「へっぽこSF作家」と呼んでいたが、実はこれを読んでいなかったんじゃないかな。
答えや結末を求めない小説
★★★★☆
久々に筒井康隆を読んだ。
その相変わらずのストーリーテリングに思わず笑みがこぼれた。
ほとんどの小説にいわゆる落ちがない。
読者はまず、ありえない世界へいきなり放り込まれる。
その世界のしくみがおぼろげながらわかったと思った瞬間
小説は終わる。
はっきりいって途方にくれる。
それぞれの短編が終わったらすぐに
あとがきの解説でタイトルを必死に探す。
当然たいしたことは書いていない。
答えがないからこそ
頭の中でその世界が自分の心象風景として
ずっと引っかかりつづける。
最後に気付く。
またしても筒井康隆にしてやられたと。
ノスタルジー=ファンタジー
★★★★★
ファンタジー全般に言える事なのかはわからないけれど、本作を読んでいると、意識せずとも情景が浮かび上がってくる。それが仄かになつかしい気配を孕んでいるのだ。見たことも聞いたこともないのに郷愁をそそる。朱川湊人の一連の著作に通じるものがあるけれど、あれらは明確な時代設定があるから本書とはちょっと違う。潜在的な元風景みたいなものを喚起されられるということだろうか。「家」という短篇がある。途方もなく未来の話のはずなのに、民話的昔話を読んでいるような。リアルな描写なのに夢心地になる。ファンタジーと夢はすごく密接につながっているのだろうか。だからノスタルジー? SFとは歯ざわりが異なる、こそばゆいようなやさしさに満ちた短篇集である。