絵は人である。
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以前、私が勤務して居た国立病院は、患者さん達が、リハビリテーションの一環として、絵を描く事の多い病院であった。その病院で、永年、病と闘って来た患者さん達が描く絵の数々を見て、私は、患者さん達が描く絵が、一人一人の性格を反映して居るのに驚かされる事が何度も有った。「文は人なり」と言ふ言葉が有るが、絵も人である。絵と言ふ物が、それを描いた人間の内面を映し出す事には、驚くべき物が有る。
若い頃から、私は、佐伯祐三(1898−1928)の絵が好きだった。≪カフェのテラス≫(1927年)や≪郵便配達夫≫(1928年)、それに≪モランの寺≫(1928年)などの作品を、私は、いかに愛した事だろうか。そして、佐伯祐三が残したそれらの作品から、私は、彼の孤独を感じて居た。誰も居ないカフェの壁に踊るポスターの文字。曇り空の下の人気(ひとけ)の無い教会。彼が描いた絵から私が想像したこの画家は、孤独と憂愁の人であった。そして、この本を読んで、私は、自分が想像した佐伯の人物像が、外れて居ない事を知った。−−矢張り、絵は人だったのである。
この本に述べられた佐伯祐三の晩年を読む事は辛い。しかも、彼は、30年しか生きて居ないのである。だが、それを知る事で、私たちは、人間にとって芸術とは何であるのかを考える事が出来ると思ふ。
(西岡昌紀・内科医/平成19年の晩秋に)