若き日に蒔かれた物語の種子たち
★★★★☆
ガブリエル・ガルシア・マルケスという作家は、他に比較すべき作家が存在しないという点で、文学史において特殊な位置を占めているように思われます。他の中南米諸国の著名な作家達と共に、「マジック・リアリズム」という言葉で括られる場合もしばしばですが、マルケスの独自性は、そういった分類に収まることのない傑出したものではないでしょうか。そしてその根幹を成すものは、解説でも触れられているように、幼い頃に祖母に語り聞かされたお伽噺なのでしょう。それらを滋養として育ったマルケスは、彼自身が自らについて語るように、まさに「物語るために生れてきた」作家なのでしょう。
ここには初期の13編の短編群(『落葉』は中編程度の長さを持っていますが)が収められており、マルケスのその後の作品群の萌芽をそれらの中に見て取れる興味深い作品集です。生と死、聖と俗、男達と女達、若さと老い、富と貧困、群集と孤独、湿気に満ちた夏と乾いた冬、花の芳香と屋内の汚臭、これらの要素が伝承的な物語の中に織り込まれ、マルケス以外には表現し得ない時間の流れの中に漂い或いは沈潜して行きます。
しかし、後の作品群のような鋭くも明るさを備えた風刺や皮肉はまだ現れておらず、作品群は重々しい雰囲気を纏っています。とは言え、この作家の話術は、これらの初期の作品群において既にその力量を見せており、読者はこの300ページ程の作品集を、その語り口に魅了されたまま読み終えることになるでしょう。
これは個人的な意見なのですが、私のように「ガルシア・マルケス全小説」の刊行によって初めてこの作家に接した者にとっては、執筆年の順に刊行されていれば、更に興味深く読むことができたように思います。