軽井沢での執筆日記やサラブレッド購入をめぐる顛末(てんまつ)などを、ときに関西弁を交えたユーモラスな筆致でつづった「日々の味わい」。中国、東欧への旅行を記録した「なまけ者の旅」。尊敬する井上靖への思いや、親交を深める作家仲間たちの作品を評した「言葉を刻む人々」。芥川賞受賞作『螢川』から『地の星』までの創作秘話を明かした「自作を語る」。4つの章に分類された各エッセイは身辺雑記から紀行文、作家作品論と幅広いテーマに及んでいる。
小説の執筆に集中するため「1985年あたりから、私は、意図的に、エッセーを書かなくなりました」と語る宮本。それはライフワークともいえる大河小説『流転の海』の完結に向けて、あるいは母親の「血の騒ぎ」を「あらためて聴きに行かなければなりません」と語る宮本の、創作への情熱が依然熱くたぎっていることのあかしでもある。静けさをたたえた宮本作品の奥には、宮本の熱い血潮のたぎりが存在していることにあらためて気づかされる。
デビュー間もない1980年ごろから2000年にかけて執筆されたこれらのエッセイは、宮本文学を語るうえで貴重な資料でもある。いずれも宮本がつくりだしてきた小説世界の血肉となったものばかりだ。死の2か月前に「おてんとうさまばっかり追いかけるなよ」という言葉を残していった父親。5日間ナスビばかり食べていた富山での母親と2人きりの生活。芥川賞受賞直後に患った結核。生まれ故郷神戸への思い…。宮本文学の過去、現在、そして未来を一気に俯瞰することのできるエッセイ集である。(中島正敏)