「種の起源」の背景
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人類の科学史上、ニュートンと並び重要な業績を遺したダーウィンは、2009年で生誕200年になる。本書は、そうした節目に出版されたもので、ダーウィンが『種の起源』並びに『人間の由来』を上梓した背景を、膨大な資料をあたって検証した力作である。
ダーウィンの生きた時代は、イギリスで反奴隷制運動が高まり、アメリカではリンカーンが大統領になった時代と重なっている。そして、ダーウィン家は、祖父の代から奴隷貿易廃止運動の推進役だった。こうした社会的・個人的背景を記述しながら、当時主流となりつつあった、優越な白人とそれ以外の野蛮な人種はそもそも違う種であるという「人類多起源論」に抗して、人類はそもそも起源を同じくするという「人類単一起源論」を提唱したダーウィンの苦闘が緻密に描かれている。
ドキュメンタリー風に進行する話は、本文だけで600頁、口絵・中絵そして註・文献を合わせると700頁を越える本書の読者を飽きさせない。解説には、わが国を代表する進化生物学者・長谷川眞理子先生を迎えるという贅沢もしている。ただ、全篇を通して登場人物が膨大な数なので、読んでいて頭の中の整理に苦労する。表紙見返しの家系図だけでなく、人物紹介欄も作って欲しかった。
ダーウィンの政治思想
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ダーウィンの大部の伝記の著者デズモンドとムーアによる、ダーウィンの研究の政治思想的な動機を探った一冊。特に人種主義と奴隷制度に対して、ダーウィンだけでなく彼の祖父の代から始まり恩師たち、フッカー、ハクスリーと言った友人たち、子供や家族のスタンスまで丁寧に描かれている。トリビアルなエピソードも収録されており楽しんで読めるが、正統的な伝記ではなく副読本という位置づけだろう。
ただし小説を手がけている訳者のためか、原文からそうなのかは分からないが、ほんのすこしだが感情的な表現が多いように感じられる(人種差別的科学の主張者に対してやや厳しいように思える。しかし彼らも当時の常識から言えば知的に誠実であった可能性もあるのではないだろうか)。また未公開資料までふんだんに利用しているのだが、著者の推測と資料から素直に読み取れる事実が明確に区別されていないような記述もある。語調も「〜だったのだ」調なので、ノンフィクション小説のような雰囲気を感じた。とはいえこの厚さと内容にしては安く、ダーウィンや彼の周辺に興味があれば十分楽しめると思う。