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ナニカアル

価格: ¥1,785
カテゴリ: 単行本
ブランド: 新潮社
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林芙美子は”野性”の魅力を持つ人 ★★★★★
前作「IN」は島尾敏雄を未読なせいなのか、どんなに本人に重大事でも他人から見ると「不倫」の一言ですんでしまう、どこかシラケてしまう処があった。
同じく不倫が語られていても、さらに主人公に全く共感できなくても「柔らかな頬」の物語に魅了された一読者としては 桐野夏生が力強さをなくしたように思えて残念だった。

その点、林芙美子は読んだことのない人でも(森光子のおかげで)少しは知識があるだろう。
かく言う私も昔「放浪記」を斜め読みしただけで、よく覚えていない。
作者は林芙美子になりきって文体模写しているらしいのだが、林芙美子ファンにはその辺もたまらない魅力だろう。
しかし私のように林芙美子に知識がなくても、林芙美子の「野性」とでもいうべき魅力はよ〜く伝わる。
ここでの林芙美子はすっかり作家として成功し、温厚な理解者の夫と最愛の母と大きな屋敷に住んでいる。
しかし年下の記者と不倫関係にあり、戦地へ向かう船の中で行きずりの男と関係を持ち、40にして不倫の子を産む決断も深刻な様相を見せない。
さらに同時代の作家たちとの関係も面白い。被害妄想的な敵意を抱いたり、女流作家同士の複雑な感情、反対に心からの共感を持って詫びたり、どうも知的で平和な関係を築くのは苦手のようである。変な言い方をすると”育ちの悪い”魅力全開な人なのである。
林芙美子本人の著作を読みたくなる作品である。
力作だが、ところどころ林芙美子が桐野夏生に感じられるのが残念 ★★★★☆
『放浪記』で有名な林芙美子の戦中の活動を描く、という野心的な試みの本作。
力量ある作家の桐野夏生氏が、新たな境地を開くかと期待して読んだ。

最初の数十ページ、芙美子が戦地に赴くまではなかなか緊迫した展開で楽しめる。
男性主流の当時の文壇が芙美子を軽侮したこと、特に大物大衆作家の
久米正雄との確執などはリアリティーが感じられる。

だがシンガポール・インドネシアに赴き、現地の日本人と交流したり、
軍部の目を恐れながら毎日新聞特派員との不倫を続けるあたりになると
過去の作品に描かれた男女のもつれとかぶるような描写が目立ち、
林芙美子の真の姿を描くというよりは、
やや作者が彼女に自分を仮託しているように感じてしまった。

戦中の言論統制や軍部の独裁ぶり・いやらしさが巧みに織り込まれ、
戦争の庶民生活への圧迫などもリアルに伝わってくるし、芙美子のたくましさも良く書けている。
芙美子の私生活の秘密だけでなく、日本の体制に疑問を抱く視点を強調すれば
もっと深い作品になったように思う。
作者の筆力が伝わってくる迫力ある作品だけに、残念に思った。
純粋に小説として楽しんだ ★★★★☆
作家・林芙美子の第二次世界大戦中の体験を描いた作品。

舞台は昭和18年でまだ日本が戦争に勝っていた時期であるが、主人公の芙美子を始めとする数人の女性作家は、軍の依頼によりシンガポール・インドネシアといった東南アジアの占領地域を訪問することになる。芙美子は行きの船中における船員との行きずりの愛欲や、現地で再会した数年来の愛人の新聞記者・鈴木謙太郎との交情を重ねていく。

恥ずかしながら林芙美子が放浪記の作者ということも今回知ったぐらい、どのような作家であるか予備知識が全くなかったので、40を超えても女として生きる女性作家を描いたフィクションとして読んだが、小説として純粋に楽しめた。メインテーマではないが、言論を統制するこの時代の嫌らしい息の詰まるような状況もよく描かれており、言論の自由のありがたさも久し振りに感じた。
林芙美子に憑依する桐野夏生の妖しい魅力 ★★★★★
「IN」における島尾敏雄「死の刺」の文体模写を凄いと思ったが、今回は林芙美子になりきってしまった!桐野夏生、凄すぎる。林芙美子の隠されていた私的な記録、という形で、林芙美子の作品としてのフィクションを書くという発想も、それを書く勇気も、他の作家にはないものだろう。
「IN」でも感じたが、桐野氏にとって小説とは、純粋な芸術作品でありながら、編集者と共同でつくりあげるものだ。プロの女流作家ならではの意識で、飾りのない真実だと思う。だからこそ、裏切られた時の苦しみは、女として作家としての全てを全否定された、地獄の苦しみとなる。今回の作品では戦時下の作家活動という深刻なテーマも絡み、描かれるのは、まさに血を吐くような命がけの恋愛であり、創作なのだが、対する男のほうは、それだけの覚悟があったのだろうか。編集者に見放される芙美子の凄絶な苦しみが作者の痛みと重なって、熱く揺さぶられた。と同時に、他の女流作家をともすれば「甘い」と思ってしまう芙美子の作家としての強さ、したたかさも、桐野氏本人に通じる魅力だ。
 綿密に調べ上げた史実や、風俗の柱をきっちりと構築した上で、自在に羽ばたく創造力、芙美子に憑依する作者の語りの強度に圧倒させられ、一気に読んだ。
 終わりのほうで、編集者・謙太郎とばったり会う場面にはっとさせられた。この、何気ない場面が書かれたことで、あれだけ激しい恋愛の末、子どもまで身ごもったのに、ひとりで産み、育て、小説を書き、死んでゆく芙美子の姿に、女の怖さをまざまざと見たからだ。きっちりと閉じられる物語が、フィクションとは思えず、鳥肌の立つような思いで読み終えた。
頭で読み、本能で感じ、肉体に味あわせる力作 ★★★★★
実在の作家の幻の作品か?という設定がどれだけ魅惑的でしかしチャレンジングなものであるか、文学を志す者や小説を愛する者には分かってもらえると思う。私の5つの★の一つは先ずこの点にであり、逆にこの点や林芙美子や作品の描かれた時代背景に興味や知識のない方なら、絶対につけない★とも言える。
私自身、作者が林芙美子の文章を書ききるための労苦やその成果を十二分に受け止める素養があるわけではないが、平たく言えば「昭和の前半の桐野夏生の過激版」が描く世界と勝手に解釈して、本作に一気にのめり込んでいった。
この作品が作者の過去のテーマや内容に似ているとの評は表面的に過ぎる。作者は、己に通底する「ナニカアル」を芙美子に感じたからこそ、この作品を描き切ったと解する方が、この作品を素直に深く味わえるだろう。つまり、冒頭のような頭で読むアプローチが出来ずとも、他の桐野ワールド同様に、本能で感じ、肉体に味あわせることで、改めて頭の中に読むべきナニカが現れるはずだから。
とにかく読み切った後に己の中のナニカアルが感じられたなら、虚実の狭間にこそ本当のナニカがアルであろう本作の、実在の人物や史実を調べていって欲しい。そこにないものに、芙美子は、そして、作者は何を感じたのか?
実に味わいの深い作品だと思う。一読して★を5つにするのではなく、★が5つになるまで読み重ねる作品ということ。