嘗ては、店の名前は有名でも、そこで働く料理人の名前が表に出てくることはなかったが、「料理の鉄人」などの番組の影響もあるのだろうか、一流の料理人ともなると、有名タレントを凌ぐほどの人気と名声を得ているのだから世の中も変ったものだ。
本書は道場六三郎、目黒雅叙園の佐藤富勝、アルポルトの片岡護といった、当代一流といわれる有名料理人13人にスポットを当てたものだが、その料理人の作り出す料理そのものに焦点を当てたものではなく、どのような経緯で料理人になったのか、その人の生い立ち、人柄と、その修行時代にスポットを当てたもので、個性あふれる料理人たちの素顔が浮かび上がってくる趣向だ。
月刊誌「料理王国」に連載されたものということだが、13人の料理人達の修行時代の紹介を通して、後進達の参考にしようと企画されたものでで、今のグルメブームにつられて、あたかも気楽にタレントを目指すかのごとく、料理人を目指す後輩達に、諸先輩はこういう厳しい試練を経て修行をして来たのだと、その厳しさを教える目的もあるのだろう。
故郷を飛び出して、徒弟制度の中に飛び込み、散々ないじめともいえるほどの修行に耐えた結果大成したとか、右も左も分からないまま、フランス、あるいはイタリアに修行に行き苦労を重ねた結果―――といった苦労話が続く。
400人もの客が入るレストランで、全ての料理の差配をする料理長の仕事などとなると、もうこれは優雅に味の薀蓄を傾けている世界ではなく、正に戦場と言ってよいものだろう。
料理人の世界とは、今、マスコミではやされるほど華やかで、気楽な世界ではない、正に過酷な競争の世界であることが語られる。
有名料理人は、それぞれに強烈な個性の持ち主である。又、そのような強い個性を持たない限りは、一流といわれる料理人にはなれないのかも知れない。
13人の中には、すしが嫌いなすし職人などのように、こんな奴の料理は金を貰っても食べたくないと思わせるほどの、強烈な個性派もいる。
そういった、料理人の好き嫌いを語ることも、最近のグルメブームの一端だというのだから、いやはや、一寸異様な事態ではないかという気がしないでもない。