そんな分水嶺としての時代であるからこそ、著者の腕の見せ所でもあると同時に、泣き所にもなってしまうのですが、その記述は淡々となされてすきがありません。出来る限り時代を前後させないようにしているかのようにも見え、筆を起こしてから終えるまで、濃淡の薄い、編年体のような記述スタイルを貫いています。それはプロローグやエピローグに類するものがないことに現れており、しっかりと抑えるべきところが抑えられている安心感を持って読み進めることが出来ると同時に、面白みにかけるところが、やむを得ざる欠点となっていると感じました。
著者は江戸時代の雰囲気をあまり堅苦しく捉えていないところは失礼ながら少し驚きでした。この本が書かれたのは70年代。江戸時代は封建的で、ただただ暗く、抑圧の時代という、イデオロギッシュな言説が幅を利かせていた時代です。しかし本書では、江戸時代の生きた個人の側に立って、日々の生活を掘り起こしていきながら、帰納法的に、そんな紋切り型の見方を否定しています。堅実に資料を押さえていっていけば当然の事として現れてくる答えなのかもしれません。江戸時代の復権が進む昨今ですが、当事から分かっている人には分かっていたのだと痛感します。では何故、当時それらの見解が世の耳目を引かず、今になって見直されるのか?余談ではありますが、歴史評価の歴史には興味深く、考えさせられるものがあります。