故スタン・ゲッツの未発表作品は、これまであり余るほどCD化されてきたが、この偉大なテナーサックス奏者のひときわすぐれた最晩年の音を、より深く味わえる絶好のチャンスをみすみす後回しにする手はない。

   亡くなる数か月前の1989年にレコーディングされた（『Anniversary』と『Serenity』に記録されたすばらしいクラブ・セッションから2年後の）本作では、ゲッツの演奏はまさに絶好調で、ピアニストのケニー・バロンと忘れがたいセッションを繰り広げている。A＆Mレコードのハーブ・アルパートによってプロデュースされたものの、シンセサイザーを多用した『Apasionado』を優先したためにお蔵入りになった本作には、クールでリラックスしていながら、不意に爆発的なパワーを見せた往年のゲッツの姿がある。

   ゲッツの叙情性は圧倒的であり、このあと間もなく「Sunshower」（バロンと共演した5曲のうちの1曲）や、マル・ウォルドロンの「Soul Eyes」、サム・リバースの「Beatrice」といったナンバーで自らの表現の可能性を広げることになることを知っていたかのようだ。アメリカにおけるボサノヴァ・ブームの先頭に立って四半世紀が経過していたこの当時、ゲッツは軽快感こそ少なくなったが、より肉感的になり、決して休むことなく創意工夫に努めていたのだ。（Lloyd Sachs, Amazon.com）