R・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタも、みどりの好む作品の一つである。第1楽章と第3楽章の気宇壮大は、あの《英雄の生涯》にさえ匹敵するスケールを持つ。テクニックばかりではなく、精神力の充実が伴っていなければ、登頂することなどとても不可能な巨峰のような作品だ。しかしみどりは、あるときは勇猛果敢で激烈に、あるときは谷底の深淵を憂鬱に見つめながら、この曲の奥部に深く迫っていく。もちろん、ヴィルトゥオーゾ的な作品での超絶技巧も、後半のアンコール・ピースでは堪能できる。十八番のラヴェル《ツィガーヌ》が特に凄い。強靭で粘りつくような妖艶な音が、聴き手の心を最後までぎゅっと掴んだまま放さない。下手な演奏だと長く退屈に感じられるこの曲が、恐るべき魔性を持つ極めて危険な音楽として、立ち現れてくる。
この輝かしい演奏が、1990年10月21日、みどり18歳のときに行われたコンサートの記録であることを考えると、その途方もない早熟な天才ぶりには、いまさらながら驚嘆の念を禁じえない。(林田直樹)