舞台は中国、主人公はあまり人好きのしない小柄な男シャオ・ビン。化学肥料工場の補修工で、独学の芸術家でもある。妻と2歳の娘と共に20平方メートルほどの狭い部屋で暮らすビンは、新築の社宅への移転を切望してやまず、大きな期待を胸に入居希望者リストに記名する。しかし工場の幹部らが、古参の工員と知りつつ彼をリストから外したため、ビンはついにキレてしまう。「中国古代思想の真髄」を読んで「要するに、真の学徒の筆は、善を励まし悪を戒めなければならないのだ」と奮起し、役人の腐敗に異議を申し立てる風刺漫画を発表する。この単純な行動が大きな波紋を呼び、ビンは自らの主張を固守するうちに、いつしか攻撃の矛先を官僚制階梯のはるかな高みへと向けているのである。
この作品はいくつもの機能を併せ持っている。性格描写小説であり、政治的寓話であり、ちゃめっ気ある官僚風刺小説であり、そしてときにはとことん奔放なドタバタ喜劇にもなる(ビンが上司の尻にかみつくという忘れがたい場面もある)。主人公のビンにしても、虐げられた芸術家であると同時に独りよがりの荒くれ男でもある。だから読者は、ビンに同情する一方で、彼の仕事仲間と一緒に「どうしてお前はそんなに喧嘩好きなんだ?」と首をひねりもする。一見ビンの勝利と見えるけれど、それにさえ確証はない。最終的にシャオ・ビンは前より大きな魚になったのかもしれないが、最初とまったく同じ小さな池の中にいることは間違いないのだから。