このカフカ全集は、マックス・ブロートの手を離れ、綿密な検証作業を経て新たに編集されたものを訳したものである。だからこそ旧版との細部の違いが重要になる(新旧の違いに興味がない人は、既に出版されている旧版をもとにした文庫本を買うだろう)。しかし意訳が多く、池内流な訳され方をされては、どのように新しくなったのかわかりにくい(章の配置の違いについては、その違いについての知識を知ったうえで旧版の文庫本をそれにあわせて読めばすむ)。それでは新版を出す意味があるのだろうか。また「読みやすい訳で出す」ことが大切であるにしても、それは新たに編集された版を訳す際にやるべきことだろうか。訳し手の親切心と個性が、かえってこの全集の価値を下げてしまっているように思えてならない。