犯罪に係わる三者三様それぞれの人生模様を描き人間本質の謎に迫る心理ドラマ集。
★★★★☆
イタリアの著名な映画監督にして作家アゴスティの人間心理ドラマの秀作中編3編を収める魅惑の作品集です。本書の題名「罪のスガタ」は原題ではなく翻訳者の野村雅夫氏が命名された物だと思いますが、日本では最近流行の一部カタカナ表記にする事で重苦しさを和らげガチガチでなくある種の心安らぐ軽さも感じられる独特の作品世界を上手く表現されていると思います。個々の作品にはそれぞれに謎がありますが、ジャンルとしては謎解きを主眼とするミステリーではなく、あくまでも立場の違う人々の内面や行動を通して人間本質の不可解な謎に迫る心理ドラマと言えるでしょう。
『裁判官』信念を持って法に於ける正義を執行して来た独身の男性裁判官が五十歳を迎えた日に、若者の自分が老婆を絞殺する妄想が心に浮かび罪の意識に苛まれる。彼は悩んだ末に真相を探るべく旅に出るのだが・・・・。自分が清廉潔白であると確信出来ない不確かな罪悪感が人間の肉体に及ぼす影響力の強さに驚かされます。『被害者』五十歳になったばかりのエリート官僚が、ある日オフィスに訪ねて来た探偵から未来に起きる予定の自分が被害者の殺人事件について事情を聞かれる。最初は馬鹿馬鹿しいと相手にしなかった彼だったが次第に気になり出し本気で調査に協力する内に生きる事の喜びに改めて気づかされる。人生に対して積極的になる事が却って災いを招く皮肉な運命がうらめしく、意外な真実を知った瞬間の被害者の無念さが察せられ憐憫の情を覚えます。『殺人犯』幼い頃に生き物の死にショックを受けてから、心で望み念じるだけで人の命を奪う能力を身につけた男が国家権力の階段を上りつめるまでの半生を語る。彼が心の中で自由に殺人を正当化出来た古代の王に自分をなぞらえる罪悪感とは無縁の異常な神経の太さに圧倒されますが、同時に意外にも彼がそんな邪悪で無敵な自分を早く誰かが倒して終わらせてくれる日を待ち望む自殺願望の思いも感じます。
私は著者の前作「誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国」は未読でしたが、これを機に読んでみようと思っています。評判を読むと人間の影の部分を描いた本書とはまた違う味わいの明るくポジティブな内容のようで、陰陽の両面を重たくなり過ぎずに軽い筆致で書き分ける人生の大ベテランの著者の作品が今後も紹介されます様にと願っています。
哲学的、そして映像的
★★★★★
裁判官、被害者、殺人犯。
どの物語もそれぞれに深いテーマを持った強烈な展開なだけに、他の人にはどれがより心に響くのか、読後に人に薦めて、しばらくしたらその人に感想を聞いてみたくなる。
ちなみに、私は被害者がずしりときた。ふだん目をそむけながら暮らしている中年カップルの、互いの心身のすれ違いとひずみみたいなものにスポットライトが当たっていて、ずいぶん考えさせられた。
作者が映画監督だけあって、文章がとても映像的なのも気に入った。何度も何度も頭にイメージがくっきりと浮かんでくる。好みはあるかもしれないが、細かく書き込んでいないぶん、一文一文に芯があって、一語一語が呼び覚ます映像に力がある。狙ったうえでのことなら、アゴスティの力量は恐ろしいと言わざるをえない。
自分の人生を見つめなおす
★★★★★
前に読んだ同じ作者の『1日3時間しか働かない国』では、
こんな国があったらいいな、と想像するだけで、
今生きている世界を少しでも変えることができるかもしれない、と
未来がちょっと明るく感じられる作品でしたが、
今回の『罪のスガタ』では、もっと身近な問題として、
何か行動を起こさないといけない感じさせる作品でした。
なんとなく生きている今の人生で良いのか、
後で後悔しないよう、もっと自分らしく生きてみよう、と気づかせてくれました。
私は『殺人者』の中のある一文に、はっとさせられましたが、
一緒に読んだ友人は『被害者』を読んで、頭をガツンと殴られたような気持ちになったと言っていました。
アゴスティ作品に共通しているようですが、本そのものは簡単に読んでしまえるけど、
そこから得られるものは、もっと大きく、心打たれるものがありました。