成長する青年の「喜劇」
★★★★★
19世紀半ば、ツルゲーネフやドストエフスキーらの同時代にとても読まれていたゴンチャロフ。その出世作の待望の文庫化。田舎に住む空想的な青年アレクサンドルは都会に出ていくが、現実的な叔父ピョートルにやりこめられてばかり。実際に仕事も恋も叔父のいう通りに進んでいき、この世のはかなさに絶望するが、、、、という話。ロマンチックな夢想が現実に敗れる姿を「喜劇」的に描くところがすばらしい。誰もがもつ夢のような理想と、それを現実化する手腕の話です。訳文もとても読みやすい。
主人公と叔父の対立には、理想と現実の対立に世代間対立が加わっているのですが、叔父(現実)の勝利で終わりそうなところを、最後の最後に逆転しながらすれ違うというのもおもしろい。理想と現実の一瞬の交錯。
歴史的には、フランス革命以後、大志を抱いた主人公が成長していく「教養小説」の時代ははっきりと終わりを告げている。ナポレオンは主人公ではなくパロディの対象になった(スタンダール「赤と黒」)。農奴制が残るとはいえロシアだって近代社会に突入しようとしているのですから、この流れのなかで書かれた小説です。
日本ではロシア文学から出発して文体、内容ともに近代文学を先駆けた二葉亭四迷がハマったという歴史的に重要な作品でもあります。読みながら、二葉亭「浮雲」の特に前半部分(深刻な自意識にからめとられて「悲劇」になっていく後半ではなく)、青年の空想と現実の落差がユーモアを持って描かれるあたりを想起するはずです。名作。