ヨーロッパ音楽の原点
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本書は1927年に生まれ、中世音楽合唱団を主宰し、カヴァリエーレ勲章を受章した芸術学博士が、一般向け雑誌連載をもとに1977年に刊行した本に加筆し、2009年に文庫化したものである。中世ヨーロッパの音楽は、まずキリスト教音楽として発展し、現象としての音楽は天体や人間の秩序の象徴であるとされ重視されていた。そこでは単旋律音楽が支配的であり、その代表がカトリックの典礼と結びついたグレゴリオ聖歌であり、ネウマで記譜された。グレゴリオ聖歌はその後、典礼劇と結びついたトロープス、セクエンツィアの形でパラフレイズされてゆく。他方、世俗音楽では吟遊詩人や騎士歌人が活躍した。次いで9〜10世紀以降には、おそらくはそれまでの民俗的な即興歌を教会が採用する形で、多声音楽が発展した。ノートル・ダム楽派がその代表例であり、この頃から教会音楽の一つモテトゥスは徐々に世俗化し、計量黒符記譜法を発展させてゆく。14世紀にはこのような俗語の多声的世俗歌曲が各地で流行し、15世紀のブルゴーニュ・フランドル学派がそれらを総合して、音楽のポリフォニー化を進めた。このルネサンス期の音楽の特徴は、音を作曲家の表現意欲に従って、有機的に積み上げてゆこうとする傾向であり、合奏・合唱編成の大規模化により計量白符記譜法も一般化した。これらの音楽は、宣教師によって16世紀の日本にも持ち込まれた。著者はこうしたバロック以前のヨーロッパ音楽史を、楽譜の事例を紹介しつつ西欧中心にたどり、原点からヨーロッパ音楽を理解させようとする。巻末には小用語辞典、年表と地図、ミサ通常文の和訳なども付されており、コンパクトで比較的平易な入門書としてお勧めできる。
ポリフォニー好きの必読書
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古楽の第一人者である皆川達夫先生による中世・ルネサンス期の音楽の解説書。日本でも何度か起きたグレゴリオ聖歌ブーム、合唱に携わる者が曲を求めれば外すわけに行かないルネサンス音楽、これらをコンパクトな文庫本にまとめた良書です。
文書としても生きた音楽としても全く記録がない古代から中世初期の音楽の変遷を辿り、グレゴリオ聖歌、多声音楽、世俗音楽の世界を紹介します。ここでは、グレゴリオ聖歌が発展して多声音楽になったという、単純から複雑なものへという発展的な思い込みを排除して、それぞれが互いに影響を与えながら発展してきたと言う仮説を主張しています。
ルネサンス期の音楽については、フランスでのアルス・ノヴァの成立とイギリスに与えた影響、その成果がダンスタブルによって逆に大陸に渡りフランドル楽派に影響を与えたことを述べています。さらにはルネサンス期におけるフランドルの作曲家の業績、宗教改革によるローマ楽派とプロテスタント音楽の誕生、ベネツィアの繁栄が音楽に与えた影響とドイツへの波及、バロックの誕生などを分かりやすくまとめています。
多用される楽譜が数々の解説を分かりやすくしている上に、巻末にはこの時代の音楽用語集、音楽歴史年表・地図、ミサ通常文と日本語訳まで付いています。また、日本との関係で、戦国時代末期の宣教師が持ち込んだルネサンス音楽が八橋検校に影響を与えた可能性まで言及しています。遠そうで以外に近いルネサンス音楽の手引きとして読んでみてはいかがでしょうか。
中世, ルネサンス共に音楽が百花繚乱咲き誇る如く隆盛
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本書の著者は以前、知る人ぞ知るNHKのFM番組『朝のバロック』の解説をしていた方です。
はじめに、ポリフォニーについての簡潔で明解な定義・解説があります。これを読んで、私は初めて"ポリフォニーの声部の絡み"という現象を整理できました。中世の音楽は、決して暗黒時代ではなく、単声グレゴリオ聖歌の時代などの中世初期は確かに教会音楽家たちの封建的な参加が主でしたが、次第に参加枠がオープンになり市民へと拡大していった事、これが世俗的音楽勃興へと繋がったとしています。 ルネサンスが訪れ、Ars Nova様式とイギリス宮廷音楽が生まれ、対位法とは別に和声がいっそう進化し、Okcheghem,Josquinなどがルネサンス初期を飾ったと記しています。重要視されているフランドル学派については紙面を割いて丹念な解説が記されていますが、最後を飾る巨匠Lassusで結ばれます。そして多声音楽がミサに有効であるという事を"説き伏せた"Parestlinaへ解説が移ります。宗教改革によるルター派音楽が勃興してルター自ら作詞作曲した事を知りました。ドイツバロック音楽の"待降節"だったとも理解できます。中世ルネサンス音楽史事典、年表、ミサ通常文(訳付)、音楽史関連地図などの資料が充実しており、検索も可能なミニ辞典としての機能を立派に具備しています。
最適の入門書です
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同じ著者の「バロック音楽」(ISBN 4-06-159752-3)のレビューでフランドルの記述がないことに不満を述べたのですが、当然ながら本書ではたっぷり記述があります。
中世の音楽については、無理もないのですが、不明な点が多くて探り探りの記述ですが、ルネサンスの音楽は活き活きとそれぞれの楽派の特徴が活写されています。巻末には小辞典が付録されており便利です。
中世やルネサンスの音楽ってあんまり聴いたことがないのだけど、これから聴く時の参考にしたいという方に最適の入門書です。
新書ですが、まだ購入できるようでしたら是非お読みください
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著者は、中世・ルネッサンス・ヨーロッパ音楽史の権威である皆川達夫先生です。
まだ、中世・ルネッサンス期の合唱音楽が日本にまだ馴染みがなかった時代から、ずっと啓蒙活動を取られてこられました。ご自身も指揮者として、珍しい合唱音楽曲を紹介し、振って来られましたし、当方も一度その指導を受けたことがあります。
30年近く前に『中世・ルネサンスの音楽』を購入し、ずっと愛読してきました。
中世・ルネサンス期の音楽という、一見取っ付きの悪い音楽を分かり易い語り口で書かれていますので、大変読みやすいです。勿論、取り上げられている作曲家は多岐にわたり、索引を見るだけでもその網羅性は理解できると思います。
音楽だけでなく、当時の時代背景を含蓄深く著述されていますので、西洋音楽史を含めた当時の歴史を体系的な理解ができるように編集されています。
本書を超える啓蒙書がまだない現在、本書の値打ちはまだ色褪せておりません。一度手にとってご覧ください。