金儲け主義を嫌い、客に愛されるアニメを作ることだけを望んだウォルト・ディズニーは、兄ロイに経営を一任したおかげで、制作に専念することができた。だが夢想家と実務家の対立関係は、兄弟亡き後、経営陣の2派分裂という形で一挙に表面化する。当時の作品はどれも独創性に欠け、制作本数もテーマパーク入場者数も日ごとに落ちていった。
そんななか、買収の危機を感じた役員たちは強力な最高経営責任者の招聘(しょうへい)を決意する。そしてその座を射止めたのが、ABC、パラマウントで数々の人気テレビ番組を手がけ、そして当時の取締役会の誰よりも、アニメ、テーマパーク、マスメディアの相乗効果の重要性を熟知していた、マイケル・アイズレーであった。
同社のメディア帝国化はまさにこのときに始まったのだ。「魔法の王国」から「血に飢えた大きな野ネズミ」へ。M&A時代に老舗企業が生き残るには避けられぬ道だった。乗っ取られれば資産は切り売りされ、いかなる崇高な社風もまたたく間についえてしまう。もっとも買収に成功しても、企業文化の融合やリストラに失敗すれば元の木阿弥なのだが。
エンターテイメント業界にとって、創造性の維持と安定経営の両立は永遠のテーマと言える。ディズニー社の成功の秘訣も「制作権と経営権の分離独立」にあった。だがアイズレーのワンマン企業と化した現在でも、帝国の基盤はピクリとも揺るがない。ディズニーの進化なのか、それとも時代の変化なのか。その秘密は、本書に封じ込められた歴史の中に隠されているはずだ。(中山来太郎)