蛮人への愛惜
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最近はあまりやらないが山歩きが好きなので、山岳小説家として有名な新田次郎のものや、日本百名山の深田久弥のものなどは殆ど読んだのだが、これはそのどれにも負けない、いやそれを超える魅力を持った作品だった。
南方熊楠、牧野富太郎的な博物学者である鹿野の、待望された復刻版だそうだ。昆虫特に蝶好きな著者が、日本統治下の台湾の山岳に分け入る紀行文だが、書名は妻がつけたそうだ。
台湾の雄大な山岳や動植物の記述はもちろんだが、何と言っても山岳に割拠する原住民との出会いが本書の中心にあり、日本が植民地として統治する中で、政策として蛮族同士の争闘を止めさせるべく行われたわけだが、そのことにより文明化して失われゆくものへの哀惜が込められている。
写真集では一様にガッシリした足で立つ、ブヌン族の男達が見られるが、その中でもブヌン族とツオウ族の代表が州界で握手のシーンは印象的で、何回見たか。最後の未帰順蕃頭目ラホアレもそうだ。
山も大変だが、彼らの脅威を縫っての単独山岳行はスリルがある。敗戦時38歳でボルネオで行方不明となるまで、台湾の自然と蛮人を愛した想いが伝わる名著で、台湾でも"山岳文学の美の殿堂を開いた人物"と讃えられているそうだ。