土臭いモンゴル遊牧民の生活
★★★★☆
本著が書かれたのは1991年、モンゴルが共産主義一党独裁を放棄、民主化・市場経済を導入した直後。当時の「変化」しつつある社会の空気に僅かながら接触。「羊肉が好物」とモンゴルでの長旅に準備されたかの椎名氏は司馬氏とは大いに異なり、羊や馬に密着したモンゴル遊牧民の土臭い生活を描きます。血を流さず「慈しみつつ」屠り、羊丸々一匹を平らげるモンゴル民族の知恵。牡馬去勢の儀式からは少数の種馬を残して馬軍統率した慣習を、また特有の「立ち鞍」からは馬上の揺れを体で吸収して弓射る騎馬民族の伝統を汲み取ります。また得意の乗馬で草原を駆抜ける体験から「遠くを見つめ、なにか体の奥底から猛々しくなる」原初動機としての騎馬民族の戦闘性を感じ取ります。粗雑な筆致が相容れない点も所々ありますが、チンギス・ハーンの故郷ヘンティ県の野道をジープ車で行くさまを「洗濯機攪拌移動」と巧みに表現したりと、モンゴルの荒道長時間旅行体験者が読めば“正に”と思わず吹き出す場面も。それにしても遊牧民が早朝から家畜を追って忙しく黙々と働く姿は、今日「怠け者」の印象が目立つ都会のモンゴル人と対比されます。今日時折仕事で同行する、かつての「マンドハイ」王妃役の女優・ソフタ女史の十四年前の撮影風景入りの本著は、彼女へのプレゼントになるかも。