舞台は14世紀のイギリス。大荘園領主が支配する小さく貧しい村に住む、なかでも貧しい少年が主人公だ。母の死をきっかけに、窃盗と殺人の濡れ衣を着せられ村を出奔することになった彼が、大道芸で生計を営む「熊」と名乗る大男に拾われ、グレート・ウェクスリーの町まで旅を続ける。どうやら大望を秘めているらしい同行者「熊」、そして母の残した十字架に書かれた文字の謎、迫り来る追手の存在、成長していく主人公の姿など冒険小説に必要な要素はすべて網羅されていると言ってよい。
物語の中で直接ふれられてはいないが、背景にあるのは封建社会の崩壊を民衆が目指し始めた時代であり、その思想的指導者のひとりであった実在の人物ジョン・ポールも登場する。このへんは英国史に明るい人ならばニヤリとできる部分であろう。当時、都市の路上に撒き散らかされていた糞尿の描写などにも、背後の綿密な取材の跡がうかがえる。総じて、欲望・暴力・死といった人生の暗黒面からも決して目をそらさない厳しい姿勢が貫かれていて、現代のヤングアダルト向け小説の傾向を端的に表わした作品といえるだろう。(工藤 渉)