日本の歴史学が歩んできた道程と近代日本の足跡−歴史学と歴史教育のコラボレーション−
★★★★★
歴史学概論の講座を担当する教員の殆どが西洋史を専門とする中にあって、著者は日本中世史を専門領域としながら史学概論の講座を担当してきた経験のある数少ない研究者である。著者は以前にも『歴史学叙説』で“歴史学の社会的責任”を問うてきたが、本書は更にその問題を近代日本の歩んできた道程の中で再度検証している。
永原氏の歴史学に対するスタンスは“歴史学の研究と歴史教育の両立”にある。そのため著者は教科書問題など機会ある毎に社会へ向けてメッセージを発信し続けてきた。
そうした経緯の中で、本書が敢えて“20世紀日本の〜”とタイトルを冠しているのは日本の近代社会にあって“学問としての歴史学が確立されてきた経緯とその役割”に着眼点を置いて記述されている。明治以前の“尚古主義”から近代ヨーロッパにおけるプルクハルト歴史学やランケの世界史、実証主義に代表されるアカデミズム、戦後のマルクス主義歴史学や社会構造史との流れを丹念に辿っている。
とはいえ筆者の主張にも幾つかの不満があることも事実である。それは80年代に登場する社会史、所謂アナール学派やブローデル史学など再び脚光を浴びつつある“全体史と個別史”の密接な関連に対しての言及やグローバリゼーションにおける歴史学の位置づけへの言及がなされていない点である。
教育者として学校教科書の執筆にも携わってきた著者が、こうした問題にも無関心だったとは思えず、それは別に一書を執筆する意図があったことも強ち否定はできない。
象牙の塔に籠もりがちな研究者が本当は何を為すべきか、を改めて考えさせるためにも一読をお勧めする
歴史家が社会を見る視線
★★★★☆
本書は、長年日本中世史を研究してきた著者が、近年の教科書問題に刺激されて、60余年の学究生活を踏まえ、明治以来の日本の歴史学と政治・社会のあり方との関係を問い直すべく、2002年前半に書き下ろした史学史の著作である。
本書の長所は、第一に膨大な研究を丹念に追いながら、20世紀歴史学の大まかな流れを平明に描き出した点にある。第二に、著者は単線的な流れではなく、多様な潮流をきちんと描き出している。第三に、戦後のみならず戦前の歴史学にも分析が加えられている点も重要である。第四に、著者自身の価値観をきちんと明示している点で、誠実である。
他方、本書にはいくつかの問題点が無いわけではない。第一に、学問と社会の関係を問い直すなら、社会に関する分析はもっと必要ではないのか。私見では、消費社会論や、グローバリゼーション論を踏まえてほしかった。それらの分析の欠如が、網野史学へのやや低い評価や、世界システム論への言及の少なさに帰結しているように思う。第二に、研究者の社会的地位の変化の問題、いわゆる「知と権力」の問題について、分析が弱いと思われる。
とはいえ、歴史学・歴史教育を志す人には、本書は大いにお勧めしたい本である。