創元推理文庫版のほうは、著者の手で何度も加筆・訂正されて、いくつもの版のある中から良いところ取りをしてまとめられた決定版とのこと。一方、この光文社文庫のほうは、一番はじめに発表された形のままなのだそうです。
読み比べてみると、トリックや犯人など重要な部分は同じ。違っているのは、地名(創元推理文庫のほうは実際にある地名(若松、二島など)で、光文社のほうは若松→赤松、二島→札島などと変えてある)、人名(毛塚と手塚など)ぐらいの些細なところ。ほかには、光文社文庫のほうをもとにして、削られたり加えられたりした個所が創元推理文庫にあるくらい。どちらもよくできた緻密なミステリです(あたりまえですね)。ただ一カ所、創元推理文庫では削られていた最後の一行、これがとても切なく感慨深い。男の哀愁を感じます。
ほとんど違いのない同じ作品で好き嫌いを決めるのもおかしなことですが、この一行があることで、私は光文社文庫版のほうが好きですね。