恐いもの見たさ
★★★★☆
「こわいものみたさ」って言葉がある。人は自分の知らない恐ろしいもの、恐怖に対し、時に好奇心を持つ。岩井志麻子の作品はそんな人間の習性を巧みに刺激する。だから、彼女の作品は単にホラーとしてではなく人間の本質的な欲望を描き出しているとも言える 岩井志麻子の本は、どれもまずその装丁に惹きつけられる。死語結婚の装丁も毎回の例に漏れず、本のイメージを沸き立たせる。死という暗黒を表現する黒と裸体の女性。後ろ姿の女性は死とは対照的に官能的だ。この装丁を見ただけで、思わず手にとって読んでみたくなるのだ。死は時として、官能的であり、エロチックだ。
「死後結婚」その聞き慣れない言葉も好奇心をかきたてる。韓国の地方に残る死者をを弔うための古い風習。その死後結婚を通じて男女の愛憎が描かれる。舞台は東京と韓国。それだけではない。この本は時に空間と時空を飛び越える。それが心地よい緊張感になっている。
そして、所々に艶めかしい性描写もある。それが決して卑猥ではない。美しいとさえ感じさせる。男女が愛し合うこと、もっと言えば性行は死とは対極にある性の象徴でもある。だからこそ、死というフィルターを通してみる、男女の性の営みは甘美で美しいのかも知れない。
「豚の気持ちのまま、豚になれたら幸せだ。人間の心のまま豚になるのは辛い」 「虫けらに生まれるのは、かえって楽だ。虫は痛いともひもじいとも惨めだとも感じない。野良犬は感じる。」本の中のそんな言葉が印象に残っている。
現実の世界は、豚の世界だ。自分のまわりを眺めてみると良い。人を羨み、嫉み、中傷知る。マーケットには欲に取り憑かれた豚が群がり互いを騙し合っている。そこで生き抜くためには豚の気持ちのままでいることが最低限の条件だ。人間の気持ちのままでいることはあまりにも辛い。時として、人間の気持ちの豚は自らを絶望し、自らの命を絶つ。俺はどうなんだろう。豚の気持ちのままの豚なのだろうか。