本作『Opera Arias』では、ネトレプコのヴォーカル・スタイルと役柄の幅広さを確認できる。魅惑的にして叙情的なこのソプラノは、アルバム・タイトルからはとても想像できない強力なイマジネーションで聴く者を引き付け、とりこにするだろう。(それにしても、もっと趣きのあるアルバム・タイトルを誰か思いつかなかったのだろうか?)だがもっとも重要なのは、本作が単なる声楽曲集ではないという手ごたえを感じさせる点だ。ネトレプコの演じるイーリアやドンナ・アンナは、まさにモーツァルトが意図したとおり、現実的な世界に生きる血の通った人物となっている。
ただし、ベル・カントのヒロインには役柄への感情移入と音楽的表現との微妙なバランスが求められるわけだが、明らかに前者を身上とするネトレプコの場合、このバランスをわずかに崩してしまうケースがある。ルチアの揺れ動く胸の内をネトレプコは声と感情をさまざまに変化させながら表現するが、魅力が長続きしない。一方、グノーの「宝石の歌」などでは今まで思いもかけなかった美しさが引き出されている。とりわけ、生々しい激情と美しいフレージングで演じられるマノンは素晴らしい――ネトレプコのトリルに難があってもだ。
ひとつ残念なのは、ロシア音楽からのレパートリーが抜けていること。ドヴォルザークの「ルサルカ」は注目に値する選曲だし、その達者さには舌を巻くばかりだが、この1曲だけではいかにも物足りない。知的な音楽性と豊富な劇場経験を持ち、偉大なオペラ歌手に成長すること間違いなしのネトレプコ。そんな彼女に対し、単なるアリア集ではなく本格的なオペラの録音を期待する声がすでに多くのファンから挙がっているのは当然のことだろう。(Thomas May, Amazon.com)