ヴィクとは、たとえばこんな人である。事務所で書類を整理していたヴィクは、送られてきた請求書をあっさりゴミ箱に捨ててしまう。
「大部分が初めての請求書で、2回目のも少し混じっていた。わたしは3回目のが送られてくるまでは支払いをしない主義である。向こうだってどうしても金が欲しければ、忘れるはずはない」
この豪快さが気に入れば読書は快調だ。
第1作は保険会社に勤めていた著者サラ・パレツキーの経歴を生かした保険金詐欺事件である。物語の舞台となるシカゴの多層な人種の入り交じる複雑な事情、学生運動の残響など、1982年当時の世情が盛り込まれた骨太なつくりの小説である。一方で事件に絡んで展開されるヴィクの淡い恋愛の行方も見逃せない。きめ細かな人物描写で登場人物に厚みがあり、テンポある会話はヴィクの毒舌が小気味よく、作品世界にぐいぐい引き込まれる。ヴィクのひいきの野球チーム、シカゴカブスの勝敗が捜査の一進一退を告げ知らせるのもしゃれている。甘すぎず苦すぎず絶妙のさじ加減で男女を問わず楽しめる。
シリーズは現在も進行中。なにより優しさと強さを兼ね備えた魅力的な探偵ヴィクの登場、これこそ事件だ。(木村朗子)