オースターの処女作
★★★★☆
ポール・オースターの処女作。その後の彼の作品を何冊か読んだが、なぜかこの作品を読んでなかった。
1985年ということで当時流行っていたハードボイルド私立探偵小説のスタイルを換骨奪胎して書かれた不思議な小説。
だれが殺されるわけでもないが、謎を追いかける主人公。そして最後も謎が解かれるでもない。
ハードボイルドファンだった当時はきっと、この本を読んで面白さがわからなかったんだろうな。
「言葉」と「アイデンティティ」に関するミステリー
★★★★★
オースターを一躍有名にしたニューヨーク三部作の一作目。一応はミステリー仕立てになっているがポストモダン世代の作家らしく、凝りに凝ったメタ小説となっている。
例えば、主人公が複数の名前を使い分ける詩人、作家、探偵、そして偽ポール・オースター(!)であるように、様々な「名前」が入り混じり、「主体」のペルソナと人格が曖昧になるような仕掛けをされた登場人物達の設定。(最後の方で話者=主体がさりげなく入れ替わるストーリー展開は中々である。)また、日本のポストモダン文学作家である高橋源一郎と共通する、セルバンテス「ドンキホーテ」への愛。「言葉」を巡る聖書への考察。(当然、そこでは「バベルの塔」への言及も行われる。)このような要素が有機的に構成されつつも、彼独特の陰鬱で奇想的なストーリーが展開する。
言葉と主体の問題をきちんと掘り下げつつミステリーに仕立ててみせた作者の知識と技量が味わえる作品。それにしても、オースターが大変優れた作家であるのは明白なんだけど、こんな陰鬱な作品世界を描く作家が日本でも広く読まれているのはなぜなんでしょう。(いや、僕も好きなんですけどね。)
お値段に難あり。
★★☆☆☆
The New York Trilogyのうちの最初の本作品は、三部作の中で一番長い作品であることを差し引いても、このお値段は高いです。
オースターの(正確に言えばP.Auster名義での)処女小説にあたるこの作品は、最後の最後(それこそ最後のページで。未読の方は読むとわかります)で物語をある意味で投げてしまったところで、本一冊としてまとめるには、ちょっと無責任にすぎるのではないかと思います。
そこを考えると、Ghosts, The Locked Roomと続いて、初めてこの作品は一つのものとして完成すると考えるのが妥当でしょう。
そうじゃなくてはGhostsは短すぎますし。
その点からすれば、City of Glass単品での製品化はただのバラ売り以外の何でもないんじゃないかと、どうしても気になってしまうのです。
作品のできについて言えば、オースター好きにはもちろんお勧めです。
また、英語学習という観点から言えば、文章自体は平易だけれど、ここそこに難しい単語(英検一級レベルから、果てはGRE教本に載ってるような単語まで)が混ぜられていて、なかなか読みごたえがあります。
コロンビア出、文学の修士課程も「経験」しているオースターの英語はとても勉強になります。
結論としては星2つ。
お値段がこれで600円を切っていたら、4は間違いないのに。。
人間の脆さを感じる
★★★★☆
ニューヨーク3部作の第1作で、舞台は勿論ニューヨーク。
主人公は妻と子供に死に別れた中年の推理小説作家。真夜中にかかってきた一本の電話をきっかけに、不思議な事件に巻き込まれる。
探偵小説のように始まるが、事件の解明よりは心理描写に重点をおいて描かれており、主人公が依頼を引き受けてある人物を尾行してニューヨークを彷徨っている間に、知らぬ間に自分も心のバランスを失っていくところが少し怖い。fallという言葉が頻繁に使用されているが、平和な生活を送っている人であってもふとしたことで、そこから転落する危さ、脆さを常に抱えているような気がした。
ポール・オースターらしく無駄がなくきびきびした文体で、物語が次から次へ思いがけない展開をみせるのは実にうまいし、「言葉」や「ドン・キホーテ」に関する考察などのちょっとしたサイド・ストーリーも面白く、色々な観点で楽しめる作品だ。短編だが物語の構造は結構複雑で、再読すると新たな発見がありそうだ。
すごすぎる
★★★★★
幽霊たちを先に読んでしまったのだけれど、こっちもすごい。
人間のアイデンティティについて、探偵小説という形式を利用してぐりぐりと書く、まさに名作だと思う。
ニューヨーク三部作、これと幽霊たちと鍵のかかった部屋、あとのふたつは翻訳界の現人神とすら言われた柴田さんが訳してくれていて本当に素晴らしいんですけど、これだけ違う人で、それが残念。権利関係があるんだけれど、柴田さんの訳で再販してくれることを強く望む。
まぁ、それをのぞいても十分に面白い小説であることは間違いない。