主人公は現象学的直観をもとに事件を解決していくのですが、目的は事件の解決ではなく、そこに生じた「人間の死」に対する哲学的考察なのです。現代のパリで起きた三重密室内の死と三十年前にユダヤ人収容所で起きた同じく三重密室内の死が対比されながらも奇妙な連関を持ちつつストーリーは進んでいきます。これまでのミステリーが死を出発点とし、死の意味を問うことが皆無であったのに対して、本書では徹底して死の意味に挑んでいます。
無意味な死を大量に築いてきた20世紀、そして無意味な死からストーリーを展開していくこれまでのミステリーに対する、著者の強い抵抗を感じることが出来ました。