本書には,人並み以上の理性をそっくりそのまま保ちつつ,脳の損傷によって感情を失った人の実例が何件か紹介されています。実際,かれらは社会生活を営むことが困難になりました。
わたしたちの判断は,感情ぬきでは上手くいかないのだそうです。
ダマシオは,環境と身体,脳とそれ以外の身体,脳の各部位相互,理性と情動など,わたしたちの生がいかにさまざまな相互関係のなかから成立しているか,詳細に語ってくれます。その語りは,おのずと「近代的自我」あるいは「私」といった哲学的妄想の病理から,読者を解放してくれます。
本書では,自己・意識について,神経学の立場から,いかにしてこれらが成立するか,著者ダマシオの意見が載っていて,それなりに興味深いです。
もちろんそれでいわゆる「意識のハードプロブレム」が説かれるわけではありませんが。
訳者の解説が各章の前に載っていて,理解を助けてくれます。キーワードについて,キーワードにあてた訳語を選択した理由についても,述べられています。素人読者の目からみると,訳者はきわめて誠実な仕事をしてくれています。