最初の作品にはその後の作品へと発展するほとんどすべての芽が含まれている、とよくいわれるが、この作品はとりわけその感が強い。キンケイドの作品世界にあらわれるモチーフやエッセンスが、思いっきり圧縮されたかたちで詰まっているのだ。それだけではない。『Annie John』(邦題『アニー・ジョン』)や『Lucy』(邦題『ルーシー』)といった自伝的な作品で、ややモデラートになった表現の核にあるものが、プリミティブなまま、ページからにおい立つばかりに立ちのぼってくる。それは、現代の都市生活者が使うことばが完全に失った呪術性のようなもの、あるいは、濃密なまでにあふれる、荒々しい「南」といっていいかもしれない。この作家は「英語」という言語に大きな富をもたらした。
1949年にキンケイドが生まれたのは、カリブ海の南方に浮かぶ小アンティル諸島のアンティーガ、当時は英国の植民地だった島である。16歳で米国に渡り、24歳のときにグロリア・ステイナムへのインタビューで知られるようになり、以後ニューヨーカー誌の専属ライターとしてめきめき才能を発揮したことはよく知られている。
ほかにも『Small Place』(邦題『小さな場所』)や『The Autobiography of My Mother』など、美しくも、ときに残酷な、魔術的なものが日々の暮らしに溶け込んでいるカリブ世界の歴史を、あくまで「肉声で語る」スタイルで書きつづけている。(森 望)