一瞬の出会い
★★★★☆
これは旅行記であって、でも不思議な旅行記です。回った場所はビルマ、タイ、カンボジア、そしてヴェトナムです。皮肉な筆致でスタートします。著者は決して名所旧跡にあこがれて旅に出る人間ではありません。もっともさすがにアンコールワットには相当な感銘を受けて克明な描写がなされていますが。著者が旅の目的とするのは人間との出会いです。もう二度と出会うことのない人物との一瞬の出会いにこそ人生の価値が存在すると信じているのがモームです。「さよならだけが人生だ」といった太宰に共通する部分があります。この初対面の人間との一瞬の出会い(せいぜい一週間、短いときは半日)の描写こそがモームの得意とするところです。結婚の約束をした英国の女性から東南アジアから中国まで逃げまくるビルマ駐在の男性の話(Mabel)、生活の基盤をビルマで築きながらも英国への帰国を夢見て、現地の女性との結婚というコミットメントには踏み込めない男性(masterson)、わずか一ヶ月で結婚相手を探さざるを得ない状況におちっいったフランス人の男性の幸せな結婚生活(a marriage of convenience)、ビルマの山奥での見込みのない布教に一生をささげるイタリア人のカソリック宣教師の人生, モームと同じ医学校に在学しながらも、退学して残りの人生を中国やヴェトナムで送る羽目になった同級生(mirage)との偶然の再会などが、モームなりの筆致で見事に描かれています。不思議なことに、これらの印象的な出会いの相手は全てが英国人かもしくは西欧人です。この作品には、旅行をしている場所のアジアの人物は、個性を放つ形では登場することはありません。現地のアジアの人々は全て集合性をまとった形でしか現れません。そしてモームのコメントもcoloniserとcolonisedという関係性を逃れることはありません。ところで、これらの出会いは、全て、(Collected Short Stories: Volume 4 (Twentieth-Century Classics))にも収められている作品です。というわけで、全200ページのうち50ページはダブっていたというわけです。