手柄を立てた人間の手柄話
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ユーゴスラビア解体過程で勃発したボスニア紛争(1992年〜1995年)を終結させたのがデイトン合意。その立役者である和平交渉特使、リチャード・ホルブルックによる回想録。
レベッカ・ウェストの『Black Lamb And Grey Falcon』批判から始まる。イギリス人高官からセルビア贔屓のアドバイスを受けて「どいつもこいつもレベッカ・ウェストに毒されて…」と呟く場面もある。身に覚えがある人間なのでドキリとした。
前半は殺人的スケジュールで各国を移動するシャトル外交、後半はデイトンにおける和平交渉の過程が微に入り細にわたり描写される。細々とした事務作業から交渉用テーブルの形やら基地内の改装の様子まで語られるが冗長感はなく、全てのディテールが面白く、全ての逸話が興味深い。バルカン政治家のパーソナリティと意外な関係性など(ミロシェビッチは人たらしで、トゥジマンと仲が良い)、ホウホウ読んでいるうちに読了している。
著者はあくの強い人だ。バルカンの政治家と丁々発止出来る外交官とはこういう人なのか、と妙に納得した。恐ろしくエネルギッシュで栄誉栄達欲の強烈な人物とも見受けられる。ベトナム戦争のパリ講和会議に事務方として参加した青年時代、「いつか自分も大きな外交交渉をやってみたい」と大志を抱く。青年時代の野望をボスニア和平実現に向けて全開にさせる姿はなかなかに眩しい。野心の善用というか。米国嫌いが読めば不愉快になるような言辞に溢れているが、米国の政治力、外交力、人材力がボスニアに和平をもたらしたのだから小言を言うだけの外野席は沈黙するしかない、ということを著者もよく分かって書いている。ともあれ、平和なるものが妥協と脂汗の成果であることが痛切に伝わる一冊。
最後に、個人的に強烈だったのは、ミロシェビッチとイゼトベゴヴィッチがふともらす本音。「こんな酷い戦争になるとは思ってもみなかった」と。
現代外交最高のドキュメント
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合衆国の外交官で、デイトン合意の立役者ホルブルックによるボスニア和平までの記録。著者が民族浄化に怒り、ウ゛ェトナムに懲りて介入に反対する軍幹部を抑え空爆に踏み切らせたことが停戦へ導いた。真に歴史の当事者であり臨場感に溢れるがウィットに満ち、流麗で読みやすい文章が素晴らしい。また、職業外交官らしく巧みにフランスの顔を立てるなどの配慮もできる著者が(民主党系だから当然だが)ブッシュ政権にいないことが悔やまれる。しかし交渉の場で常に飲酒しながら極めて明晰な独裁者ミロシェウ゛ィッチの人間的な存在感は圧巻でありこの本は一面では「ホルブルックによるミロシェウ゛ィッチ」と呼びたくもなる。洞察と示唆に満ちた現代史の必読書。