試行錯誤の哲学
★★★★★
本書は付録を除いても500ページ以上ある大著だが、楽観的なトーンに支えられて読み進めるのが苦痛ではなかった。著者は、先達の理論に依拠しつつ仮説を作り、これを批判的に検証して生き残った仮説を暫定的な理論として受け入れるというプロセスを科学的方法論の中心に据える。無限の無知の前では我々は平等であるとしつつ、想像力を使ってたくさんの仮説を考え、試行錯誤して何度も失敗することを通じて人は学習するという主張に開放的なものを感じた。もっとも、仮説を打ち立てる(推測する)ために想像力を働かせる上でも基本的な前提知識が必要となる場合が多いのだろうし、仮説を検証していく(反駁する)手続きにも訓練が必要という意味で誰にでも簡単にできるという訳ではないのかもしれないが、少しでもこの考え方を意識してそれぞれの分野で応用していくと創造的な人生を歩めるのではないか。実際、本書の面白さはこの「推測と反駁」という基本的な考え方を様々な分野に応用していることにある。
この考え方を公共政策やビジネスに適用するとどうなるだろうか。公共政策の場合、官僚組織が無謬性を強調する場合には科学的方法論とは親和性が低そうだし、納税者の金で実験をすることは認めないというような議論もあるかもしれない。他方でビジネスの場合は、新製品開発のような分野で既に実施されていることだろうが、経営者や組織のリスク受容度にもよるだろう。著者の考え方をあてはめてみると、どれだけ革新が行われるかは社会や組織においてどれだけ実験を許容し批判的に考える伝統があるかによるということなのだろう。またこの関連で、著者が公共政策で実現しうる社会的改革として、抽象的な善よりも具体的な悪に取組むべきとしている点は興味深い。前者は検証できないが故に、社会で実現しようとすると最終的に暴力的な手段にゆだねられるリスクがあるからというのは首尾一貫している。