ハンガリーの「トーマス・マン」: 緊張感溢れる名作
★★★★★
原作は、ハンガリーの作家、マーライ・シャーンドル(Sandor, MARAI:1900-89)の小説「A gyertyak csonkig egnek / 蝋燭が芯まで燃える」(1942年作)。
世界的に評価が高く各国語に訳されて居り、本書はドイツ語版「Die Glut」から翻訳された模様。
マーライは、当時ハンガリー領だったカッシャ(現・スロバキア領コシツェ)のドイツ系一家に生まれ、首都ブダペストで新聞記者業の傍ら、執筆を開始したが、1948年共産主義の台頭に反対し亡命、以降、本国では裏切り者として、彼の作品は「発禁」となり、90年代の東欧の自由化を機に再評価される事となった。
作家本人は自由化後の祖国を見る事なく、89年、妻の死をきっかけに亡命先の米・サンディエゴで自ら命を絶っている。
物語は、前世紀末、オーストリア・ハンガリー二重帝国時代、ハンガリー貴族出身の退役軍人・ヘンリックの屋敷に、幼なじみのコンラートが突然訪ねて来るところから始まる。
かつてあれほど親しかった二人が41年もの間音信を絶っていたのは何故か、ヘンリックが自ら孤独な生活に閉じこもっているのは何故なのか、コンラートとの緊張感溢れる一夜の語らいの内に事実が明らかになって行く。
本作は、英国の脚本家・クリストファー・ハンプトンによってシナリオ化され、2006年、ロンドン・デューク・ヨーク劇場にて、ジェレミー・アイアンズ(ヘンリック)、パトリック・マラハイド(コンラート)により「Embers」として初演。
これをロンドンで観た俳優の長塚京三氏が感激し自ら翻訳、日本でも2008年、六本木・俳優座で「エンバース・燃え尽きぬものら」として、長塚(ヘンリック)、益岡徹(コンラート)、樫山文枝(乳母・ニニ)の配役で上演された。