全体のボリュームの約6割を占める第1部「長谷川耕造物語」は、波乱万丈の自伝として実におもしろい。早稲田を中退し、北欧を放浪中にフィンランド人と婚約。駆け落ちのように帰国して高田馬場の喫茶店「北欧館」を軌道に乗せるが、離婚や妹の自殺といった不幸に見舞われる。その後、何とか六本木のパブ「ゼスト」とイタリアンカジュアル「ラ・ボエム」を成功させ、アンティークショップとフレンチレストランの失敗、従業員との軋轢などを乗り越えると、会社は急成長してゆく。たとえば「(社員に)常に新しい挑戦の機会を与えていかなければ、必ず仕事への情熱が失せてしまう」など、端々にしたためられた反省や考察は、経営者にとって意義深いものが多い。
自伝を補足する形で「長谷川耕造の経営哲学」、高校の同級生だった仏文学者の鹿島茂によるインタビュー「長谷川耕造に聞く」、そして鹿島の「解説」が続く。「昇給、昇格、そして店舗の異動も自己申告制」「数値化された結果による完全実力主義」をはじめ、鹿島が「革命的な労働観の持ち主」という著者の経営システムがいかに時代を先取りしているかに驚かされる。
自伝と経営論の2本立てになっているのも本書のいいところだ。成功した経営者による本は、とかく格言集のようになりがちだが、自伝という物語があるおかげで、個々の制度が生まれた背景などの状況証拠も手に入る。やりたいことをやってお金も儲ける。そんな夢を描く経営者なら、手に取って損はない。(齋藤聡海)
飲食業で起業しようとしている人達へのハウツー本というより、仕事を通じていかに楽しく生きていくかを強烈に訴えた本だと思います。
もちろん、起業のエッセンスは本書の中に沢山散りばめられています。
起業に特に興味のない人でも楽しく読め、読み終わったあと元気になれる1冊です。
長谷川氏の経営哲学は、次の言葉がすべてを物語っています。
<外食産業とは、ただ料理や飲み物を提供するだけのビジネスではない。私はそう考えます。お客様に喜んでいただける空間を創造し、最高のサービスと最高の料理を提供する―。つまり、“エンタテインメントとしての食事”を創り出すのがわれわれの仕事です>
自分にはどうあがいても真似する事のできない彼の人生を小説感覚で堪能できる前半部分、欧米の前衛的な経営者と比してもひけをとらない、氏の革新的な経営哲学が語られる後半部分、ともに読み応え十分。
その長谷川氏が、組織の管理者としても、一個人の人間としても、かなわないと認める、この本が書かれた当時のグローバルダイニング社の取締役・久保氏について語られる箇所が個人的に印象に残った。
長谷川タイプにはなれないが、久保タイプのビジネスマンとして一流を目指そうという自信が湧いた。