25年前に書かれた本だが、現在にも通じる鋭いリーダーシップ・組織・人物の分析
★★★☆☆
本書は84年4月刊行の本を文庫本としたもの。あとがきを読むと著者は改訂せずにあえて「書いた時期における私自身のみた信長」を現時点で世に再提示している。ご存知のように、本能寺の変の真因を巡るその後の百家争鳴、桶狭間の戦いは奇襲ではなかった、長篠の戦いで鉄砲の三段撃ちはなかった等、定説が揺らぎつつある現在からみると、こと信長の事績に関しては古典的な定説に立脚する本書が鮮度不足なのは否めない。しかし、細部はともかく、信長の歴史観、信長のカリスマ的リーダーシップ(どのように形成され、どのような特徴を持つものなのか)、織田軍団の結束力の強さの理由、軍団内部の人間関係についての分析は要点を得ており、今でも立派に通用する。主権が下降する歴史の流れを捉え、古い価値の無力さをこけにするために将軍義昭を利用し、平和を志向しつつそのために天下布武の戦いを続け、宗教が政治に口を出すのを徹底的に嫌い、兵農分離を進めその基盤として経済を重視し、天下統一後を見据えた文化政策としての茶道を奨励し、新時代の価値観を追及した信長像の全体がよくまとめられている。中でも流動者を重んじ、流動者であった光秀と秀吉を変革人間に育てて織田軍団の両輪に育てた用人法の妙にはなるほどと納得する。秀吉を深く信頼し、信長のストレスの解消役を秀吉が心得ていたなど、秀吉が一番輝いていたのは信長配下の時代だったと考える私も同感。信長と龍馬の共通点の指摘も面白い。
しかし、晩年の荒木村重謀反の原因にも踏み込むべきだろう。それは経営学式に人間関係を観察する本書の守備範囲を超えて、「安土往還記」のように信長の心の闇に迫る文学の領域の問題か。最後に、本書が依拠する常識に対する最近の有力説を概観するには「戦国時代の大誤解」等の一読を薦める。