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理解できない他者と理解されない自己―寛容の社会理論

価格: ¥3,045
カテゴリ: 単行本
ブランド: 勁草書房
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【セブン-イレブンで24時間受取りOK・送料0円!】 著者/訳者名:数土直紀/著 出版社名:勁草書房 発行年月:2001年03月 関連キーワード:リカイ デキナイ タシヤ ト リカイ サレナイ ジコ カンヨウ ノ シヤカイ リロン りかい できない たしや と りかい されない じこ かんよう の しやかい りろん、 ケイソウシヨボウ 1836 けいそうしよぼう 1836、 ケイソウシヨボウ 1836 けいそうしよぼう 1836 「私はあなたと共に生きていく」と言おう。言葉を信じ、伝えようとする努力が私たちの“社会”を創る。あるべき社会秩序とは何か-社会的選択理論、進化ゲーム理論、現代正義論の成果をふまえ、掘り下げて考察する。 序章 相互理解という幻想第1章 決定することの困難第2章 理解できない他者と理解されない自己第3章 「理解できない/理解されていない」ことの受容第4章 非合意の合意終章 他者と生きるために
理解できない他者と、それでも共に生きていくために ★★★★☆
私たちは相互理解をしているつもりでいても、それは擬制でしかない。これは、私が他者とお互いに理解しあっていると思っていたことが全くの思い込みでしかなかったという事実であり、私たちを社会の自壊の危険性に曝している。そして、グローバリゼーションの進行によって、私たちはますますこの問題に直面することになる。ゆえに、そのような擬制としての相互理解ではない、新しい型の相互理解がこれからは必要である、本書はここからスタートする。

私と他者の境界は便宜的なものに過ぎないこと、自由を主張するときには他者によって自分の自由は制限され得ることを確認し、他者の他者性、すなわち、他者は自己を否定し得る存在であることが主張される。それでも、私たちはこの「理解できない他者」と関係せざるを得ない。そこで本書は「囚人のジレンマ」を解決する方法として「しっぺ返し戦略」を紹介する。それは、自己を否定し得る他者から自分が淘汰されるのでも、その他者を排除するのでもない、他者が理解できないことの積極的な受容である。

他者が理解できないことを受容しつつも他者と共に生きていくためにはこの「しっぺ返し」戦略をしなければならない。それは、まず相手を無条件に信頼し、その後は相手の行動(自分に協力するか裏切るか)に応じて戦略を変えていくというものである。すなわち、これは「相手を受け容れ、そのあとに他者に対して主張する」ということであり、この姿勢こそが今後必要である、という主張がなされる。

本書は私たちが自明であると思っていることが、実は虚構に過ぎないことを暴き出し、それではどうすればいいかを私たちに示してくれる。大変興味深い書である。記述は丁寧なので、特に前提知識はいらないだろう。

数理社会学入門的位置付け ★★★☆☆
 日常生活における相互理解は、他者が理解していることと自分が理解していることが一致しているということを前提にしている「暗黙の相互理解」である。
 そのような暗黙の相互理解がシュッツ的な「理解」ではなくヴィトゲンシュタイン的な「理解」に過ぎないことを暴き、意識的な相互理解が成立するにはどのような条件が必要かを考察するもの。 

 アロー、セン、アクセルロッド、山岸敏男などを題材に議論を展開する。数理社会学(一般可能性定理、リベラル・パラドックス、囚人のジレンマ)の入門的な位置付けとして読んでも面白い。

他者と共に生きるための知恵 ★★★★☆
 「ä»-è€...とå...±ã«ã©ã®ã‚ˆã†ã«ã-てç"Ÿãã¦ã„くか」。ã"れが本書のテーマである。

 現象社会学的è¦-点からみれば、æˆ'ã€...がæ-¥å¸¸ã«ãŠã„てä»-è€...と形成ã-ている(と信じている)æš-黙の上での相äº'理解はæ"¬åˆ¶ã§ã-かない。ã-かã-意識åŒ-された相äº'理解、すなわちæ°'主的かつ自ç"±ãªç¤¾ä¼šçš„決定ã‚'行うã"とは不可能である。è'-è€...はK・アロウの一般不可能性定理、A・センのリベラル・ãƒ'ラドックスã‚'検討するã"とで、社会的決定はä»-è€...(自己)の自ç"±ã®å¦å®šã‚'å¿...ずä¼'うã"とã‚'明らかにã-た。そã-て「社会的決定ができないã"と」ゆえに「ä»-è€...との合意ã‚'形成できないã"と」それ自ä½"ã‚'å-ã'å...¥ã‚Œã‚‹ã"とがå¿...要だという結è«-ã‚'導き出ã-た。

 ã"の「理解できないä»-è€...」ã‚'理解できないままå-ã'å...¥ã‚Œã‚‹è¡"ã‚'探ç'¢ã™ã‚‹ãŸã‚ã€è'-è€...はホッãƒ-ズにはじã!¾ã‚‹ç¤¾ä¼šç§©åºå•é¡Œã‚'検討する。そã-て社会秩序問題ã‚'二重の不確定性問題ではなく「囚人のジレンマ」問題とã-て定式åŒ-ã-、ã"れã‚'スーãƒ'ーゲームの考えæ-¹ã‚'基に検討するã"とによって、社会秩序問題と信頼の問題とのé-¢é€£ã‚'明らかにã-、æ›'にR・アクセルロッドによるシミュレーションç "究ã‚'基に「ã-っぺè¿"ã-戦略」の可能性ã‚'提示ã-た。そã-て最後に、「ä»-è€...ã‚'å-ã'容れ、そのあとä»-è€...に対ã-て主張する」ã"と、「誤りã‚'犯ã-うる自分ã‚'積極的にå-ã'容れる」ã"とが、自ç"±ã§ã‚るがゆえに理解されない「私」が自ç"±ã§ã‚るがゆえに理解できない「ä»-è€...」とå...±ã«ç"Ÿãã‚‹æ¡ä»¶ã§ã¯ãªã„かと結è«-づã'る。

 結è«-はとてもシンãƒ-ルで、ä»-è€...とのé-¢ã‚ã‚Šã®ä¸­ã§å±...心地の悪さや違å'Œæ„Ÿã‚'感じたã"とのある人ならば、なã‚"となく感じているような!ã"とである。ã-かã-、それã‚'明確なè«-理で示ã-たとã"ろに本書の意義があると思われる。