今日の人類学の中で彼の学説がどのような位置を占めているのかは素人の僕にはよく判らない。けれど、さまざまな個々の文化現象とは、文化がものごとを経験しそれを価値づける方法が結晶したものであるという点で、より広い文化のコンテクストを反映するものであるから、人類学は構造主義的なアプローチよりは社会的文化的コンテクストを重視すべきであるという彼の主張は(構造主義がほとんど滅び去った今だからからかもしれないけど)肯ける。この見方からすると、例えば学問の世界に入るということは、「単に専門的な職につくということのみならず、一生のかなりの部分を定義づけることになるある種の文化的フレームを身につけること」でもあるということになる。ふぅん、自分の経験に照らして見て何となく納得。文化人類学の学問そのものが、ある人々の生き方を彼らの知的地平に閉じ込めることで理解を拒否してしまうわけでもなく、また自民族中心的な視点から彼らの文化の独自性を無視するわけでもなく、その中間を進む一種の困難な翻訳作業であるという論点も、こう要約してしまうとじゃあ実際にどうするのさ?!と言いたくなるのだが、彼の流れるような文章を読んでいると何となく判った気にされるから不思議である。
各章が様々な機会に行われた講演をもとにしているからだろうか、文体は軽妙で(そのために、英語としては普通の学術論文も逆に読みにくく感じられもするけれど、)聴衆・読者を引き込むユーモアに満ちている。別に文化人類学の専門家でなくても、異文化を解釈することにまつわる様々な問題点に興味のある人には楽しく読める本だろう。