企業は多様なリスクに直面している。本書ではそれを戦略リスク、操業リスク、財務金融リスクの3つに大別しているが、重要なことは、ここでのリスクの中には単に事故や自然災害のようなものだけではなく、利益変動を引き起こすものすべてが含まれている点である。そして、企業全体としてそのリスクを統合し、リスクに対する反応戦略を設計することの重要性を本書は強調している。
本書の中心的内容は、ERMの先駆企業の事例研究であり、ユナイテッド・グレイン・グロワーズ(農業)、デュポン(化学)、ユノカル(エネルギー)、チェース・マンハッタン(金融)、マイクロソフト(IT)の5社がとりあげられている。事例研究はリスクマネジメントに関するいかなる単一事例もすべての会社にフィットするわけではないこと、しかしながら組織全体としてリスクを統合し管理することが重要であることを示している。
本書の論述は簡潔かつ説得的である。実用性も高く、たとえばデュポン社が提唱しているアーニング・アット・リスク(EaR)など、ERMのための手法の紹介もある。EaRは将来一定期間の中でたとえば5%の確率で起こる最悪の利益額をいう。これは金融機関のBIS(国際決済銀行)規制の資産価値の変動リスク測度であるバリュー・アット・リスク(VaR)を利益概念に応用したものである。
アメリカにおける原書の出版は2002年であり、日本語訳の出版は2003年12月である。関連する人材の育成が急務なので、時宜を得た出版であり、翻訳が出たことの意義は大きい。(榊原清則)
尤も、訳書は誤訳・誤植が多い上、専門用語への無知も伺わせるものがあり、学生アルバイトにでも下訳させ、校正に手を抜いたとしか思えない。
「トレッドウェイ」が人名であることも知らない訳者がプロとは言いがたい。