ニック・レーンのこれまでの著書、「生と死の自然史」と「ミトコンドリアが進化を決めた」は日本語に訳されており、いずれも高い評価を受けている。レーンはまだ若い生化学者であるが（この著書の出版前に父親になった）、生命現象の多くの分野に精通しており、この著書も彼の博識を示すものと言える。
　副題の「進化の10の偉大な発明」とは、生命の誕生、DNA、光合成、多細胞生物、性、運動、視覚、温血、意識（知能とも置き換えられよう）、死。いくつかは前著と重複しているが、多くは説得力があり面白い。特に専門分野の異なる読者には目を開かせるような記述が多い。しかし多分、彼の専門と極端に離れている分野、例えば視覚や意識の内容には疑問もある。視覚についてはパーカー著「眼の誕生」がむしろ適切で分かりやすい。意識あるいは知能に関する知見は、現在急速に蓄積されつつあり、明確なイメージは描けないであろう。しかしながらこのために著書の価値が下がることはないし、レーンの能力からすれば、今後専門家を共著者にすることで、さらに優れた著述を期待できよう。
　英文に関しては、残念ながら、すらすら読める文章ではない。英国人の特性かどうか知らないが、同義語を多用するので辞書を引く頻度が多くなるし、文型も単純ではない。生物学を志す学生に読破を薦める本ではないが、生物学に精通した優れた翻訳者にとっては、力量が測られる著書とも言える。