Fascinating and very readable
★★★★☆
A fascinating account, written with a very natural flowing style that reads almost like a novel, of the link between all living animals (and many dead animals studied in the form of their fossils!) It's not too academic, but the ideas are well-presented and properly supported with relevant evidence. It's a timely read with the 150th anniversary of Darwin's Origin of Species publication.
読みやすい優れた啓蒙書
★★★★☆
大変読みやすく、大いに楽しみました。
内容は大学教養課程で発生学などの講義を受ける学生に丁度良さそう。
もちろん、自然科学、特に生物、進化、自然人類学などに興味のある人にもお薦め。
著者は遠く北極圏の露頭で化石を発掘する古生物学者である一方、シカゴのラボでは体の根幹的デザインを決定する分子生物学にも関与する、幅広い活動の学者のようです。このような学者が医学部の解剖学の講義を担当している点にも興味をもちました。巻末の文献リストも、最新のものであり、大変役に立ちます。
比較発生学の優れた一般向けの啓蒙書
★★★★☆
この本の表紙やタイトルを見て、J.A.Clackの "Gaining ground" のような、四肢動物の進化に関する本を期待すると肩透かしを食らうことになる(私のように)。実際にはこの本はヒトの進化を比較解剖学的、分子遺伝学的な観点から解説するものである。こう書くと難しそうだが、英語は非常に簡明で分かりやすく、高度な内容が驚くほど分かりやすく語られている。
この本は全11章からなるが、著者が発見したTiktaalik(表紙のイラスト;首を持ち、手首があり、あとは指さえあれば四肢動物、という「魚」)の話は最初の2章で語られるのみで、それ以降の話を導入するきっかけとして使われているだけである。著者は古生物学者であるが医学部で解剖学の講義も行っており、それがこの本のバックボーンになっていることが伺える。Tiktaalikで手足の形成について述べたあと、脊椎動物が共通のbody planを持っており、発生初期には共通の構造を持ち、それがさまざまに分化していくことにより、ヒトの身体が創られていくという過程が、それぞれの事実の発見の歴史とともに非常に分かりやすく語られる。Hox遺伝子の生物における広い共通性、ヒトの嗅覚や視覚システムがいかに他の動物と共通しており、また分化しているかが語られる。聴覚に関しては中耳を構成する三つの骨、砧(きぬた)骨、槌(つち)骨、鐙(あぶみ)骨が、実は爬虫類の下額を構成する骨や魚類の顎を保持する舌額骨が変化してできたものであることが示される。
やさしく書かれているとはいえ、内容の程度は高校生程度の生物学の知識はあったほうがよいだろう。特に「細胞とは何か」くらいは大ざっぱに理解している必要がある。ただし、遺伝子に関してはほとんど基礎知識が無くとも理解できるように書かれている。ところどころに、「ミッシング・リンクとなっている動物の化石は、合理的に推論して適切な地質年代の適切な地質の場所を探せば見つかる」というように、(進化論にのっとった)仮説とその検証による実証というようなことが少しくどく語られる。また、evolutionという言葉は(おそらく意識的に)ほとんど使われておらず、それに変わりrelationshipなどの言葉が使われている。これはおそらく、作者が、アメリカに多い進化論を認めようとしない「創造論者」を強く意識しており、言外に「ほら、こんなふうに論理的に考えれば進化を認めるしかないでしょう」というふうに誘導しようとしているのではないかと思う。おそらく著者はアメリカの古生物学者という立場上それらの勢力と日頃戦わねばならない場面が多いのではないかと想像される。また、その辺(進化論の正しさをさまざまな側面から実証するような構成になっていること)がアメリカの書評(たいがいリベラルだと思う)で極めて高い評価を得た一因ではないか。
以上のように古生物学ファン向けの本ではないが、全体的には比較発生学および比較解剖学に関する非常に優れた一般向けの啓蒙書になっていると思う。
気になったところといえば、一部(たとえばミトコンドリアの項など)に、あまりに記述が簡単すぎてわかる人にしかわからないのではないかと思えるところがある。また、全体がグールドが批判した「生物が人間に向かって進化してきた、という人間中心の進化論」のように感じられなくもないが、これは「わかり易さ」を最優先したためにやむをえなかったのであろう。