数学を目指す彼、彼女達に
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本書は近年急速に発展している加法的組み合わせ論についての教科書である。この分野は主に整数等の加法構造をもつ対象の部分集合の構造に関する性質を研究する分野であるが、対象の単純さにも関わらず、様々な分野の深い道具が研究に用いられている。著者はその道具を一箇所にまとめたいという意図を持って本書を書いたという。
加法的組み合わせ論とはどのような分野か?例えば整数の有限部分集合Aに対してその和と積の位数の大きさは無関連ではなく、Max{|A+A|,|A・A|}≧C|A|‾2-ε(2-ε乗)という不等式の成立が予想されている(Erdos-Szemerediの予想、本書p315)のだが、これは加法構造と乗法構造の両立には限界が存在するというある種の不確定性原理を指し示しているのである。本書はこのような興味深い結果のパノラマであり、全12章500ページに渡って様々な分野の手法を用いた結果が紹介されている。
本書はとても面白い。この分野にも近年多くの研究者の参入があり、Green-Taoの定理(素数の集合の中には任意の長さの等差数列が存在するという主張)のような大きな結果も得られている。しかし本書の参考文献には日本人の名前が殆ど見当たらない(皆無ではないが)事を、評者はとても残念だと思う。本書の出版に示されるような本分野の進展で、そのような状況が解消されればよいのだが。たまに聞かれる”日本には、これこれの分野は根付かない”などという言説を評者は信じない(インターネット上を検索してみると、Computer Science関連の研究者の方も含めて本分野(本書)が我が国でも話題になっていることが分かる)。
数学の道をめざす若人(彼、彼女達)が本書に描かれている分野にも目を向けてくれることを評者は強く願う。そのような若者達に久賀道郎による次のようなエールを送りたい。"ルンルン気分で数学なりそのモトになる素材なりと遊んでいるうちに、いつの間にか実にユニークな数学の理論を造ってしまう、といった青年が日本にもどんどん現れてほしい。"