私は二十年以上前、幼い頃高階良子が描くインカ帝国のマンガを食入るように読み育った人間だが、その時感じた疑問や問題点が本を読み進むにつれ氷解して行くのは非常に痛快であった。娯楽作品のように残虐シーンは極力省いた構成は学術書として読む学生の目を意識したのであろうか。詳細知りたい人の為に巻末には膨大な書籍リストが並ぶ。著者がこの書籍を完成させるまでにどれだけ苦労をしたのかが垣間見れる事よりも、手間を惜しまず、この本を読んで更にアンデス・インカ文明について構想を巡らせるであろう人の事を常に忘れない作者の誠実さが書籍から感じられるような気がした。
キリスト教の布教を進める為。と言う旗印でどれだけ悲惨な事件が起こったのか。読み進むにつれ今もそうではあるが白人がどれだけ有色人種の人権を認めず暴挙の限りを尽くしてきたのが分かる。それは肉体的な苦痛だけでは無い。改宗の強制、人格の否定。正に帝国崩壊と同時にこの本も終わりを告げてしまうのだが、最後のページを捲った瞬間「終った。終ってしまった」と私は何度も次のページを探してしまう程、私はインカ帝国崩壊の悲しい歴史の中にどっぷりと埋まってしまっていた。
定価三四〇〇円は高いので今後簡略版を出す予定であると作者は巻末で語っているが、この内容で三四〇〇円は全然高く無く、全てを読み感じる価値は非常に高いと思う。「インカ帝国物の新しい本は多分もう書く事はないと思う」と作者は語るが是非続編をまた書いて欲しいと思う。装丁も綺麗でとてもこれがオンデマンド書籍とはとても思えなかった。