時は博物学が栄光の時代を謳歌した19世紀の中葉。著者であるヘンリー・ウォルター・ベイツは、昆虫収集を介して知り合ったアルフレッド・ラッセル・ウォレスと共に、アマゾン河流域のインディオの住む小さなジャングル社会に渡った。その後、ウォレスが帰国してからも、ただ一人、10年余にわたって滞在し、昆虫学の宝庫を開いて世界の学会に寄与し続けた。まさに異色の研究者である。
著者が冒頭で述べているように、本書には、生涯最良の11年間を過ごしたアマゾン河流域での出来事から、パラの町への到着、そしてもう二度と訪れることがないだろうと悟りつつ、この町をあとにするまでのストーリーがつづられている。
「上陸して最初の夕方、はじめての散策で受けた印象は生涯けっして私の心から消え去ることはないだろう」というほどの、鮮烈な旅の始まり。彼の目に飛び込む、木々や建物、さまざまな格好の人々、そして祖国イギリスでは見たこともないような動物や昆虫たち。そのすべてが、彼の巧みな文章とスケッチで鮮明に再現されている。ベイツの喜怒哀楽を、われわれもそのまま感じることができるだろう。
著者は1848年にブラジルに渡り、昆虫・鳥・動物の標本採集人として自活しながら、1859年までの間、アマゾン河流域に滞在したが、その間に採集したのは1万4700種。そのうち、新種は8000種に及んだ。これほどの探求の成果があるにも関わらず、意外にもベイツの著作は本書のみである。彼の文才や画才を考えれば、何とも惜しいことである。しかし、だからこそ、この唯一残された輝かしい旅の記録を、ぜひ、たどっていただきたいと思うのである。(冴木なお)