彼の作品の主人公はほとんどが、それがどのような職業であれ、自分の仕事については相当に完成度の高いプロフェッショナルなのですが、それでいて内面的にはある矛盾を抱えていて、しかもそれに対してのアプローチがお茶目と言うか幼いと言うかちょっと変な人物、というのばかりです。その一番極端な例がこの作品の中のピアノの先生でしょう。だから面白いんですよね。
抑制の効いた、冷静で知的な語り口が売り物のイシグロさんが、とうとうその箍を外して好きなように書いちゃいました、って感じがして、嬉しかったです。それでいて感じ入ったり、思わず考え込んでしまうような部分もたくさん。イシグロ初心者には向かないかも知れませんが、イシグロ通になりたいなら、しっかりと読破して味わって見るべきです。